ヴェニス
ヴェニスに到着した。中世紀から栄える水の都はいつも神秘的だ。
最初に来たのは私がまだスイスに住んでいた子供の頃で、丁度カーニバルのお祭りの日だった。私は双子の兄とここで、少し怖い目に遭ったのを覚えている。
ある時息子と兄がたまたま夢の話をしたら、偶然にも私達二人共、熱を出すと同じ夢を見るのを知った。その悪夢は、魔女が暗い長い螺旋階段をどんどん上に登って行くのを追いかけて、散々追いかけても消えてしまう、そんなのだった。ヴェニスには高い塔も螺旋階段もある。カーニバルの奇妙な仮面をかぶる人達の中にいた小さな私達は、その後もしばらくその影に追い回されていたようだ。同じ夢を見るなんて、双子って本当に不思議。
今では待ち合わせをすると、兄がいきなりこんな風に聞いてくる事がある。「お前が帰るか俺が帰るかどっち?」って。「どうして?」って聞くと、同じ色のシャツを着ているから気持ち悪い、双子みたい!だって返ってくる。奇妙なほど同じ色だったりするから変えたいよね。
私達はいつも二段ベッドで寝るまで話した。喧嘩もたくさんした。お風呂前に大喧嘩になって私が彼を突き飛ばしたらストーブの端に頭がぶつかって、頭から血が出た。母にバレては大変だから黙っていた。その後母が彼のシャンプーし始めた時は本当に申し訳ないと思った。
でも兄は家族で男の子がいなかったから、少し特別扱いされていたと思う。
彼は中卒でろくに勉強もせず相当グレていた。母の死後になってやっと落ち着いた。
双子で生まれてから私達はずっと比較され続けてきた。
前回帰国中に、親友を無くし沈む私を見て優しく声をかけてくれた。
六時に逗子駅にくれば一緒に飯食いに行くぞって。一目散に用意して出掛けた。ご飯が終わったら、家に泊まってもいいぞ、って言ってくれた。彼が指で指した今夜の私の寝床は、犬用のベッドだった。それでも嬉しかった。
葉子ちゃんと兄は二人で寝室に向かった。きゃっきゃと声が聞こえてきた。幸せな声だった。