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小中学校の記憶がほとんどない!

こんにちは、めげないやつ子です。


私には小中学校時代の記憶がほとんどない。

昔からそうだった。
みんなそういうもんだと思ってたけど、『その頃は自分の意志がなかったからではないか…』という一つの仮説が浮かんできた。


何となく、高校生になってからは自分の考えが出てきたように思う。特に部活では『私はこう思う』が言える環境だった。

これは友達との出会いが大きい。



でもそれまでは違った。

小中学校時代に嬉しかった事や自分の喜びを思い出そうとしても、誰かに認めてもらった事や誰かに味方になってもらった事しか出てこない。

それほど、受け身であったという事だし、自分には力がないと思い込んでいたのかなと思う。



誰かに認めてもらわなくても、自分でしたい事を決めてそれに向かって進めていれば、それが喜びとして思い出になっているはずだ。

それがあまりにもない。


あったとしても、

その結果 誰かに認めてもらいたい
失敗しても誰かにかばってもらいたい

それが望みになっていたと思う。


それでは本当の喜びは得られないし、空虚な時間を過ごしてことになる。

小学校時代の良い思い出が特に無いのは、それでだと思った。



私はあの頃ずっと自分がなかったのだ。
というか閉じ込めていたという感じ。



唯一、開放できていた時間は空想していた時。

お風呂で一人湯船につかってボーッと空想していた時間は、とても楽しかったと覚えている。



この仮説で、あの頃の私に淡くスポットライトの光が当たったような気がする。


その記憶には良いも悪いもない。

そうするしかなかったのかもしれないし…意思を持って外の世界と繋がるのがまだ怖かったのかもしれない。

そんな所まで心が発達していなかった可能性もある。


もしかしたら心のどこかで、そんな自分を否定していたのかな…

自分の気持ちを出せている活発な友達と比較して、自分を閉じ込めていることに劣等感を感じていたのかも…



空想で自分の世界に入る
そういうのが好きな自分


今なら\めっちゃいいね/と言ってあげられる。


そういうのいいね
思いっきり自分の世界を広げていってね
いつかお話で聞かせてね

心の中で当時の私と再会した気分だ。


それではまた。




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めげないやつ子
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