今日も、読書。 |読書で世界を旅する カラマーゾフの兄弟〜ペンギンの憂鬱
2022.6.12-6.18
R・ブローティガン|西瓜糖の日々
なんだったのだろう、一体——。
読み終えた後、そんな言葉が思わずこぼれる。いや、読んでいる最中にもうこぼれていた。
ブローティガン『西瓜糖の日々』は、西瓜糖の世界で暮らす名前を持たない主人公が、私たちに向け本を執筆するという体裁をとる。作中には、まるで夢の世界にいるかのごとく、何やら得体の知れないものが、たくさん出てくる。
まず、そもそも「西瓜糖」が何なのか、よく分からない。おそらくは糖で、普通の砂糖のようにコーヒーに入れて使われたりするが、かと思えば家の建材や彫像、衣服の材料にまで使われていたりする。
他にも、コミューン的な場所「アイデス」、人語を話し人間を喰らう「虎の時代」、どこまでも果てしなく続く「〈忘れられた世界〉」など、何かを暗示しているようで、しかしよく分からないものが登場する。「解説」でも書かれているが、〈忘れられた世界〉は何となく、私たちが暮らす現代社会の滅亡を暗示しているように感じた。いや、違うかもしれない。よく分からない。
とにかく、西瓜糖の世界という詩的な世界が構築されていて、そこでインボイルという名前の変わり者の反乱と、マーガレットという女性の死という、2つの象徴的な出来事が起こる。それが西瓜糖の世界に、どんな影響を与えるのか……というところまでは、実は描かれない。
肝心なところはベールに包まれていて、とにかく起こった事実が日記のように書かれているため、読者は想像するしかない。不思議な世界観についていくことに必死で、正解なんて考えている余裕はなかった。
これを読んだ他の人の頭に、どのような世界が構築されているのか、すごく気になる。人によって、脳内に構築された世界の色彩や姿形は、全然違うと思う。この作品を読んだ方、西瓜等の世界は、何色でしたか? 私は、薄緑色でした。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『1Q84』など、村上春樹作品の不思議な世界観が好きな方は、楽しめるのではないだろうか。河出文庫から出ているので、ぜひ。
佐藤正午|アンダーリポート/ブルー
芸術的な導入部から始まる本作。この導入を読んで、先が気にならない人間がいるのだろうか。
まさに小説の書き出しのお手本とも言えるような、これ以上ない期待と興奮を伴う幕開け。こんな書き出しが書けたら、どんなに楽しいだろうかと思う。
佐藤正午さんの小説の文体は、慣れるまでは、少々くどく感じられるかもしれない。しかし、一度慣れてしまえば、逆にその文体でないと満足ができなくなるほど、不思議な力を持っている。
あらすじにもある通り、2015年発行の小学館文庫版は、長編『アンダーリポート』と短編『ブルー』の合本となっている。長編では描かれなかった後日譚が短編の中で語られ、そこで衝撃の事実が明らかになるという趣向は、私の大好物だ。
佐藤さんらしい、癖になる文体。男性の一人称視点で、細部まで丁寧に、時にくどいくらい丁寧に語られる。そこまで神経質になる必要があるかというほど、事実を漏らさず書いていることが伝わってきて、そこが佐藤正午作品らしいと感じる。丁寧だけれど冗長さはなく、むしろ独特なテンポが生まれて、どんどん読み進められる。
本作はミステリ色が強く、一人称視点の語りの中で重要な事実がうまく隠されており、とにかく先が気になる。語り手の男が事件の全貌をほとんど把握していて、それを順を追って語っていくのだが、衝撃的な事実が後になってぽんと提示されたりする。語り手に焦らされている感じがもどかしく、そして楽しい。
また、これも佐藤正午作品の特徴のひとつだが、時系列が巧みに配置されており、読み手を翻弄してくる。
冒頭の第一章で、主人公がある女性と対峙する場面が描かれる。続く第二章以降で、突然時間が過去に飛び、第一章に至るまでの経緯が、遡って語られていく。どのような経緯であの対峙の場面に行き着くのだろうと、読者はハラハラしっぱなしである。
佐藤正午さんと言えば、映像化もされた『鳩の撃退法』が、言わずと知れた傑作だ。しかし『鳩の撃退法』は、上下巻構成で、やや長い。初めて佐藤正午作品を読むという方は、もしかしたら挫折してしまうかもしれない。
『アンダーリポート/ブルー』は、佐藤正午作品の1作目として、非常におすすめだと思う。不思議な力を持つ文体、先を読ませる時系列の構成、そして読者を興奮させる極上のエンタメ性。
すべての魅力が凝縮された、佐藤正午にどっぷりと浸かれる小説となっている。
読書で世界を旅する ~ロシアからウクライナへ
「今日も。読書。」では、『世界読書巡り』という企画を行っている。コロナ禍で気軽に海外旅行ができない状況下、世界各地の小説を読むことで、疑似的に世界一周の旅をしようという企画だ。
「今日も、読書。」の更新スタイルが変わってから中断してしまっていたが、そろそろ再開しようと思う。
記念すべき1カ国目は、ロシアだった。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を、数カ月かけてゆっくりと読んだ。
読後は読書日記で取り上げようと思っていたのだが、あまりに壮大な作品すぎて、感想が書けなかった。長すぎて、途中で感想をまとめることを放棄した。読書日記を書く前提で分析的に読み進めるとなると、モチベーションを維持できないという恐れもあった。
とりあえず、登場人物がアリョーシャ以外全員変だった。社会的なメッセージ性とか、宗教や信仰に対する考え方とか、そういう難しい話は一切抜きにして、やはりドストエフスキーの小説は私にとって、ユーモラスな茶番劇に映った。
『罪と罰』を読んだときにも感じたのだが、喜劇を取り扱った舞台演劇を見ているようだった。登場人物たちのコミカルな挙動が、観客がいることを想定した演技のように思えてならなかった。
さて、第1カ国目のロシアから、どの国に飛び立つことにしようか。
『カラマーゾフの兄弟』を読みながらずっと考えていたのだが、次はウクライナを舞台にした小説にしようと思う。アンドレイ・クルコフさんの『ペンギンの憂鬱』を選出。
まず、「ペンギン」という動物が私は好きだ。ペンギンと一緒に暮らすなんて、なんて素敵な主人公だろう。
そしてあらすじを読むと、何やらミステリ小説・幻想小説的な雰囲気を感じる。「DEATH NOTE」を彷彿とさせるような設定である。
また、「そしてペンギンの運命は…。」の1文の、場違いなコミカルさも良い。ペンギンもまた、物語の中で事件に巻き込まれていくのだろうか——読むのが非常に楽しみである。
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