見出し画像

「それは困ります、今になって断わられては困ります」と言ってしまった。すると間髪を容れず、自分の頭の上に雷のような声が落ちてきた。 「困ってもかまわない!」 2020/11/03

 文化の日である。ゆえに家でゴロゴロして本でも読もう。レナウンが支援先が見つからず、破産へ。ATSUGIが萌え絵を使ったキャンペーンで大炎上していた。どちらも残念。

 日記書こうとパソコンを触ったら、マウスが壊れていた。左クリックしても、右クリックになってしまう。右クリックしても、右クリックだ。Bluetoothの認識されるまでのタイムラグが嫌で、USB接続の有線マウスを使っていたのだけど再起動しようが、接続し直そうが一向に改善されないので物理的な故障っぽいので諦めた。という訳で、使っていなかったMagic Mouseカモーン。あっさり繋がって解決。

 木佐木勝『木佐木日記 上』を引き続き読んでいる。大正時代の文壇が見習い編集者の目を通じて記録されていて面白い。

 今日になって菊池寛の小説が特別号に開に合わないことがわかった。樗陰氏は高野氏の報告を聞くと急に立ち上がり、林檎のように赤い類を一層紅潮させて、せき込みながら秋田弁丸出しで憤慨していた。高野氏に当てつけるというよりは、直接菊池寛に文句を言っているような激越な調子だった。そのあとで樗陰氏は机に向かうと巻紙をひろげ、毛筆を揮って何やら書いていたが、書き上がると部員の前に立って、巻紙をくりひろげながら大きな声で読み上げた。四角張った候文の文面は、貴下の違約のために特別号ができなくなり申候、貴下の無責任には全く驚き入り候」といった調子で菊池寛を真っ向からやっつけている。樗陰氏は給仕を呼んですぐ手紙を出させたが、余慎はなかなか収まらず、帰りがけに皆を引き連れて、社の近所の燕薬軒へ行き大いに痛飲した。とばっちりを受けて飲めない自分は大迷惑だった。
木佐木勝『木佐木日記 上』P.288

 菊池寛が原稿を落として激怒する編集長。手紙が巻紙と筆であるところなども時代を感じる。その後丁重な謝罪文がきたらしいけれど、謝罪よりも原稿くれよという気持ちだっただろうなぁ。言わずもがな、約束していた原稿があがらないと雑誌作りは大変なことになる訳で、木佐木勝自身も原稿取りの苦労は色々あった模様。中でも田山花袋とのやりとりが危機迫りつつも人間くさいやりとりで面白い。

 「君、だめだ。だめだ、 どうしてもだめなんだ、こんどは勘弁してくれ給え」とせき込んだ調子でいう。自分は瞬間、呆っ気にとられたまま花袋氏の顔を見上げていたが、とっさに花袋氏のせき込んだ調子に捲き込まれたかたちで、思わず大きな声を張り上げ、
 「それは困ります、今になって断わられては困ります」と言ってしまった。すると間髪を容れず、自分の頭の上に雷のような声が落ちてきた。
「困ってもかまわない!」
 自分が思わずどぎもを抜かれて玄関に立ちすくんでいると、田山さんはますますせき込んで、
「なんだ、君が無理押しつけに押しつけて行ったくせに、困るもないもんだ! 困ってもかまわない!」と田山さんはハアハアと息を切らせながらの怒りようである。
 自分はこの場の収拾にとっさの思案も浮ばず、ただ黙って深く頭を下げた。いんぎんに、まるで頭が地につくかと思われたくらいに。ーー
 「どうもまことに申し訳ありません。こっちが悪かったのです」
  するとどうだろう、やっと頭を上げた自分の眼の前で、花袋氏は深くうなだれて、腕組みをしたまま低くつぶやくような調子で、
「そう言われるとこっちも悪いんだが⋯⋯」
花袋氏は照れ臭そうな顔をして、「とにかく何とかするから明日もう一度きてくれ給え」と言い、自分が恐縮しながら玄関を出るときにも間の悪そうな顔をして見送っていた。
木佐木勝『木佐木日記 上』P.326

 売り言葉に買い言葉で言い争って喧嘩別れになるのは最悪なのだけど、素直に謝られるとそれ以上強くも出られない訳で⋯⋯。とっさに引ける木佐木勝の人柄の良さみたいなものと、それにほだされて断る決意だったのにまたもや自分が困ってしまう田山花袋もいい人。

いいなと思ったら応援しよう!

読書好きな会社員
自分の好きなことを表明すると、気の合う仲間が集まってくるらしい。とりあえず、読んでくれた人に感謝、スキ押してくれた人に大感謝、あなたのスキが次を書くモチベーションです。サポートはいわゆる投げ銭。noteの会員じゃなくてもできるらしい。そんな奇特な人には超大感謝&幸せを祈ります。