本稿のアップデート(2023) 今年(2023年)に入り経済産業省・国土交通省が事務局を務める「空の移動革命に向けた官民協議会」において「空飛ぶクルマ」の定義が漸く呈示されたのを受け、本稿をアップデートした。尚、本稿の初版は「MIT Senseable City Lab」に資料として抄録されている。
2021年7月、遂に日本のスタートアップが開発した所謂「空飛ぶクルマ」と呼称されるエアモビリティ(eVTOL)が発売された。という一文だけでも「空飛ぶクルマ」「エアモビリティ」「eVTOL」というワードが登場する。
近年、環境負荷(環境負担)軽減に向けたゼロエミッション(カーボンニュートラル)への取り組みとして「Urban Air Mobility」(都市型空域交通あるいは都市航空交通システム)の実用化(社会実装)が期待されている。そのため最近の報道、例えば2021年11月22日付『The New York Times』「Taxi! To the Airport — by Air, Please.」(タクシー! 空港まで空を飛んでお願い)などの記事には「flying taxis」(空飛ぶタクシー)や「air taxis」(エアタクシー)、あるいは「passenger drones」(乗用ドローン)などの言葉がメディアを賑わしている。
そこで、本稿では日本側49%、外国現地企業51%の合弁会社においてステルスモードでの2人乗りハイブリッドVTOL(垂直離着陸)エアモビリティ開発を指揮し、2018年にテスト飛行に成功した立場から「空飛ぶクルマ」「エアモビリティ」「eVTOL」「エアタクシー」「乗用ドローン」「Advanced Air Mobility」「Urban Air Mobility」などの用語を解説する。
「空飛ぶクルマ」とは何か? 「空飛ぶクルマ」アップデート(2023) 経済産業省・国土交通省が事務局を務める「空の移動革命に向けた官民協議会」の資料『空飛ぶクルマの運用概念』第1版(2023年3月31日)において漸く「空飛ぶクルマ」が定義付けされた。
空飛ぶクルマとは「電動化、自動化といった航空技術や垂直離着陸などの運航形態によって実現される、利用しやすく持続可能な次世代の空の移動手段」である。
【空飛ぶクルマ】の定義 “空飛ぶクルマ”とは、「電動化、自動化といった航空技術や垂直離着陸などの運航形態によって実現される、利用しやすく持続可能な次世代の空の移動手段」である(註1)。諸外国では、Advanced Air Mobility(AAM)やUrban Air Mobility(UAM)と呼ばれている。本文書では、国際的な議論とのハーモナイズを図る観点から、空飛ぶクルマのことを“AAM”と呼ぶこととする。 註1: 日常的な移動手段として利用するイメージで「クルマ」と称しているが、航空法上の航空機に該当 し、必ずしも道路を走行する機能を有している訳ではない。なお、空飛ぶクルマに無人航空機であるドローンは含まれない。
空の移動革命に向けた官民協議会『空飛ぶクルマの運用概念』第1版(2023年3月31日) それ以前においては、国土交通省航空局が作成した令和3年3月の資料『空飛ぶクルマについて』によると「空飛ぶクルマ」の《明確な定義はないが、「電動」「自動(操縦)」「垂直離着陸」が一つのイメージ。》となっていた。
【空飛ぶクルマ】(flying car)の定義 明確な定義はないが、「電動」「自動(操縦)」「垂直離着陸」が一つのイメージ。 ※「クルマ」と称するものの、必ずしも道路を走行する機能を有するわけではない。個人が日常の移動のために利用するイメージを表している。 ※ 必ずしも「電動」「自動」「垂直離着陸」だけに限定されず、内燃機関とのハイブリッドや有人操縦、水平離着陸のものも開発されている。
国土交通省航空局『空飛ぶクルマについて』(令和3年3月) 因みに、『空飛ぶクルマの運用概念』の註1にも《日常的な移動手段として利用するイメージで「クルマ」と称しているが、航空法上の航空機に該当 し、必ずしも道路を走行する機能を有している訳ではない》とある通り、「空飛ぶクルマ」は総体として車ではないので「車」という漢字は用いず、国土交通省と経済産業省は共に「クルマ」とカタカナ表記を採用している。
「空飛ぶクルマ」と「AAM」との相似性 また、今回の定義付けによって日本の「空飛ぶクルマ」概念は「Advanced Air Mobility 」(AAM)とほぼ同じと見做して問題ないことが明確となった。
【アドバンスドエアモビリティ】(AAM)の定義 Advanced Air Mobility (AAM) is an air transport system concept that integrates new, transformational aircraft designs and flight technologies into existing and modified airspace operations. The objective of AAM is to move people and cargo between places more effectively, especially in currently underserved local, regional, urban, and rural environments. In the United States, this effort is gaining momentum though the Advanced Air Mobility Coordination and Leadership Act (H.R. 1339). Which was introduced through the U.S. Department of Transportation and the National Aeronautics and Space Administration (NASA). Significant private capital and commercial innovation have also flooded into the space as hundreds of entities are bringing unique approaches to market to solve the challenges inherent to AAM. The Federal Aviation Administration (FAA) will regulate the development and operations, and track and address safety and security issues that may arise, as these designs are brought to market. In its effort to get ample technical and infrastructure expertise, safety and integration detail, socio-economic consideration, and global resources, NASA’s Aeronautics Research Mission Directorate (ARMD) has invited aerospace and defense companies, architects, engineers, urban planners, public aviation and transportation agencies, and universities to develop strategic collaborative partnerships. NASA’s campaign and related efforts are creating the public-supported momentum needed for widespread adoption of this advanced airborne technology.Types of Advanced Air Mobility Vehicles in development The AAM concept creates innovative, yet cost-effective aircraft with a low carbon footprint. NASA and other AAM proponents have promoted air vehicle designs “enabled by electrification and scaled through automation.” Thus, virtually all of the developed AAM vehicles have all-electric or hybrid-electric power systems, aside from some exploration into hydrogen-powered zero-emission aircraft. Many are highly automated to navigate from point-to-point safely without a human operator aboard. Most of the designs fall into one or more of these types: ・Electric Vertical Take-Off & Landing (eVTOL) designs focus in the areas of on-demand air taxis, airport passenger transfers, patient transfers, rooftop-to-rooftop cross-town trips, and more. Some eVTOL have onboard or remote pilots; others have “self-driving” automated navigation.・Electric Conventional Take-Off & Landing (eCTOL) aircraft are used for short-range trips, small cargo deliveries, and passenger transfers from regional and rural airstrips.・Small Unmanned Aircraft Systems (sUAS) , also popularly known as drones or Unmanned Aerial Vehicles (UAVs), for videography, small package delivery and pick-up, transfer of medical supplies, etc.Advanced Air Mobility or Urban Air Mobility? Urban Air Mobility (UAM) leads the way for Advanced Air Mobility, focused on sustainable air mobility technologies for urban environments. Why? First, because all of the advances developed for UAM can also be used to solve problems in rural and regional areas, but the opposite is not always true. For example, aircraft delivering cargo or passengers over city traffic and infrastructure could also be used productively in rural or regional areas, but most electric conventional take-off and landing vehicles created for use regionally would have far fewer uses in the urban core. Equally important, however, is that use-case studies show companies and individuals in cities and suburbs will use UAM vehicles and services much more often and sooner, proving their cost-effectiveness and resulting in them becoming financially viable more quickly. As that financial strength grows, it can also help support the growth of the less urban elements of AAM operations.Autonomous controls and detection sensors In addition to advanced electric aircraft motors and power systems, the aviation and aerospace companies developing AAM / UAM solutions for unmanned aircraft need autonomous flight control systems. These can vary from level 1 or 2 autonomy, where the aircraft still requires human control but has pilot support systems up to a level 5 fully autonomous aircraft. This level of autonomy will require the developer to include electronic data sensors – from cameras and LiDAR scanners to inertial navigation systems (INS), GNSS receivers, and more — as well as signal processing to turn the information into “intelligent” decisions about navigation, compensate for system errors, and avoid collisions. Developers with experience and resources in these areas would have an advantage.
BAE Systems, Inc.「What is Advanced Air Mobility? 」 「空飛ぶクルマ」と「AAM」との相違点 ただし、「空飛ぶクルマ」と「AAM」との間には明確な相違点も存在する。「空飛ぶクルマ」と「AAM」との違いは、『空飛ぶクルマの運用概念』の註1で「なお、空飛ぶクルマに無人航空機であるドローンは含まれない」としているのに対し、「AAM」概念には無人航空機であるドローン(UAV)が含まれる点にある。
「AAM」とそのサブセット「UAM」「RAM」 ドローン(UAV)を概念に含まないことを除けば、経済産業省・国土交通省における「アドバンスドエアモビリティ」(AAM)とそのサブセットである「アーバンエアモビリティ」(UAM)および「リージョナルエアモビリティ」(RAM)の定義はアメリカ連邦航空局(FAA)と同じと言える。
AAMのうち主に都市部で行われる短距離、低高度のAAM運航をUrban Air Mobility(UAM)、より長距離を飛行するAAM運航をRegional Air Mobility(RAM)と区別して述べる場合がある。
空の移動革命に向けた官民協議会『空飛ぶクルマの運用概念』第1版(2023年3月31日) 一般的イメージの「空飛ぶクルマ」 一般的な「空飛ぶクルマ」のイメージと言えば、今年(2021年)6月に「空飛ぶクルマ」として世界初の空港間(ニトラ空港からブラチスラバ空港)飛行に成功したスロバキアKleinVision社「AirCar」(耐空証明取得済み)やオランダPAL-V International BV社「PAL-V Liberty」のような「flying car」だと思われる。
「AirCar」は乗用車(自動車)として陸上(地上)走行もでき、翼を出して水平離着陸(HOTOL)による飛行もできる文字通りの「空飛ぶクルマ」となっている。
「Flying Car」アップデート(2023) 2023年にはAlef Aeronautics社の1人乗り電動垂直離着陸(eVTOL)LSV(Low-Speed Vehicle)「モデルA」が新たにアメリカ連邦航空局(FAA)から特別耐空証明(SAC)を取得している。電動垂直離着陸(eVTOL)機だが、公道走行(一部制限あり)可能なLSV(Low-Speed Vehicle)であり、一般的な「空飛ぶクルマ」のイメージに近いエアモビリティとなっている。
「エアタクシー」とは何か? 「エアタクシー」(air taxis)あるいは「空飛ぶタクシー」(flying taxis)とはオンデマンドで短時間の短中距離飛行を行う民間航空機およびサービスを指す一般名称である。「航空ライドシェアリング」(aerial ridesharing)とも呼称される。「エアタクシー」においては自律飛行による自動運航などで搭乗者(乗客)が飛行の操縦を行うことがないのが特徴である。
マンハッタンとJFK国際空港の間でヘリコプターを予約できたUber社のサービス「Ubercopter」(2020年にJoby Aviation社に事業を売却)がこれにあたる。Uberの場合、数回タップするだけでヘリポートまでの陸路往復からヘリコプターでの空路までシームレスでマルチモーダルな移動を予約することができた。
現在では「エアタクシー」という言葉は上述の「空飛ぶクルマ」を含めた全ての短中距離移動のための航空機およびサービスの総称として使用されている。
「eVTOL」とは何か? まず「VTOL」とは本来「vertical take-off and landing」の略で「垂直離着陸」の意味だが、最近は「垂直離着陸機」(vertical take-off and landing aircraft)の略称として使用される。
広義においてはヘリコプターも「VTOL」の一種であるが、一般的には複数推進装置を搭載した回転翼機やサイクロジャイロ、ティルトローターなどの垂直離着陸機を「VTOL」と呼称する。また、ヘリコプターより静音性に優れた機種も多い。
「eVTOL」とは「VTOL」の頭に「electric」(電動の)を略した頭文字「e」が付いた「電動垂直離着陸」または「電動垂直離着陸機」の略称である。「VTOL」「eVTOL」ともに必ずしも自律飛行による自動運航とは限らない。
代表的な「eVTOL」には2023年10月に中国民用航空局(CAAC)から型式証明(Type Certificate)を取得した中国EHang社の「EH216-S」(販売中)、ドイツLilium社の「Lilium Jet」、ドイツVolocopter社の「VoloCity」、日本のテトラ・アビエーション社「Mk-5」(販売中)、2023年にアメリカ連邦航空局(FAA)から特別耐空証明(SAC)を取得したアメリカDoroni Aerospace社の「H1」、「VTOL」には所謂「空飛ぶ救急車」と呼ばれる「救急搬送ドローン」(medevac drone)であるイスラエルUrban Aeronautics傘下Tactical Robotics社の「Cormorant」などがある。
「乗用ドローン」とは何か? 「乗用ドローン」(Passenger Drones)は上述の「垂直離着陸機」(VTOL)とほぼ同じ意味で使用される傾向にある。アメリカのGM社が『CES 2021』において「Cadillac」ブランドとして発表した個人用航空機のコンセプトは「The single-seat Cadillac Vertical Take-off and Landing (VTOL personal drone)」として打ち出している。
FAAの「Powered Ultralight」クラスで免許の要らないアメリカLIFT Aircraft社の1人乗り航空機「Hexa」、アメリカOpener社のパーソナル航空機「BlackFly」、スウェーデンJetson社のパーソナル航空機「Jetson ONE」(販売中)などはまさに「乗用ドローン」といった趣がある。「乗用ドローン」には「VTOL」「eVTOL」よりも搭乗者が操縦する裁量が大きいような印象を個人的には受ける。
ただし、「乗用ドローン」という概念は航空機だけにとどまらないのが特徴である。もともとは「乗用ドローン」が「空飛ぶクルマ」「eVTOL」「エアタクシー」などを総括する概念とされていたが、「アドバンスドエアモビリティ」(Advanced Air Mobility)コンセプトの台頭によって後述する「エアモビリティ」が包括する概念として取って代わった。
それに伴い「vehicle」から「車」および「車輪」の要素を排除できる概念として「drone」が自律型あるいはリモート操縦による「乗物」(乗り物)としての意味合いで使用されるようになり、「乗用ドローン」は「水上ドローン」(unmanned surface vehicle)等と結び付き、「乗用水上ドローン」など陸・海(水上・水中)・空あらゆる「乗物」(乗り物)に適用される概念となってきている。
尚、稀に「有人ドローン」(manned drone)という表記を見掛けるが、「有人無人機」なる意味合いの間抜けな表現である。
「エアモビリティ」とは何か? 「エアモビリティ」(air mobility)とは元来「航空機動力や空路での輸送能力」のことを指すが、「Advanced Air Mobility」(AAM)とそのサブセットである「Urban Air Mobility」(UAM)の流れもあり、現在では短中距離での移動・輸送手段としての飛行機(「aircraft」あるいは「aerial vehicle」)のことを示す傾向にある。
そのため「エアモビリティ」は自律飛行による自動運航や垂直離着陸に限らず、有人か無人かも問わない飛行機の総称として使用されている。「空飛ぶクルマ」「eVTOL」「(航空機としての)乗用ドローン」など曖昧に重なり合う概念を最も広く包含するのが「エアモビリティ」と言える。
電動オスプレイ 以上、エアモビリティに関する概念を概観してきたが、Joby Aviation社(アメリカ)の航空機やArcher Aviation社(アメリカ)の航空機「Midnight」などのリージョナルエアモビリティ(RAM)は所謂「空飛ぶクルマ」と言うより「電動オスプレイ」に近い印象が強い。
垂直離着陸用飛行場「Vertiport」 それ故に、所謂「空飛ぶクルマ」などのエアモビリティ、特にエアタクシーはどこにでも狭いスペースに離着陸できる訳ではなく、Urban-Air Port社(イギリス)と現代自動車(韓国)がコンセプトを提示したゼロエミッションハブ(ゼロエミッション空港)「Air-One」などのような垂直離着陸用飛行場であるVertiport(バーティポート)が必要となる。(ポップアップ方式である「Air-One」は2022年4月25日に世界初のアーバンエアモビリティ用Vertiportとしてイギリスのコベントリーに期間限定でオープンした。)
アーバンエアモビリティの社会実装 フランスでは2024年パリオリンピックまでにパリでの都市型空域交通が実用化され、サウジアラビアのスマートシティNEOMはVolocopter社と提携して完全に統合された垂直モビリティエコシステムの構築を進めている。その中でエアモビリティ関連の概念も整理され、アップデートされていくと思われる。
世界では環境負担(環境負荷)軽減のためのアドバンスドエアモビリティ(Advanced Air Mobility)およびそのサブセットであるアーバンエアモビリティ(Urban Air Mobility)の社会実装が着実に進められている。