「奇跡の一日」
食事に誘われたり、飲みに誘われたり、ドライヴに誘われたりと、人からの誘いも様々だが、これまでの誘いの中で最も印象に残っているのがこれ。
― 札幌に行って雪祭を見て来よう!
飛行機で行けば日帰りできるよ。 ー
長野県に住んでいた頃のことである。ぽっかりと1日だけできた休日を利用しての誘いだったが、あまりにも突然だったため、こっちの心が付いていかなかった。人が考えないような発想をする人だった。
その後、同じ人から、同じく休日1日を利用して佐渡に誘われたことがあって、この誘いには乗った。
事前の情報は、「直江津港からジェットフォイルが出ている」ということだけ。時刻表はおろか港への道程さえ確認せず、とりあえず朝早く国道18号線を北上。あとは全て直感頼りという無計画な旅立ちだったが、どういうわけか最短のルートで直江津港にたどり着き、しかもそれがジェットフォイル発船直前というタイミングの良さ。駐車場から駆け足で滑り込んで無事乗船。佐渡港到着後レンタカーを借り、金北山へ。
山頂にたどり着いたときは、その絶景に思わず絶句。
水蒸気にぼんやりと煙る青い水平線がゆるやかにカーブを描く。遠く広がる穏やかな空間に、心が吸い込まれそうだった。
しばらくして、ようやくぽつりとひと言。
「地球が丸いのが分かるね」
その印象が強烈で、その他の記憶が余り残っていない。
島全体が静かで、日常空間から離れて、時の流れが止まった異空間に迷い込んだかのようだった。
6月。梅雨真っ盛りの中、前日も翌日も雨。前後1週間の中でその日だけが快晴。気の向くままに車を走らせ、最短ルートかつジャストタイミングで、絶景が待ち受ける金北山山頂にたどり着いた。まるで神様が手招きしてくれていたかのようだった。この日一日があるのとないのとでは、人生全体のイメージまでもが違ってくるような、それくらい特別な日だった。
一緒に行った人とは、その時恋に落ちていたわけだが、心すべてを奪われるような恋愛状態にあるときは、奇跡が起こりやすいような気がする。そう思わせることが他にもちょくちょくあった。
今になって思えば、札幌行きの話にも乗ってしまえば良かったと思う。もうひとつの奇跡が待ち受けていたかも知れない。
※ 文中の登場人物は、すでに故人となっています。