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夏祭りの日

ピンポーンと朝から家に来客があり、出てみると町内会の班長をしている方だった。先月引越してきたわが家に町内会の案内に来たという。

回覧板がまわってきます。あとたまに地域の清掃をやったりします。それで町内会費がいくらで〜と簡単に説明を受け、私はぼんやりと町内会費が高い気がするけどまあこんなもんなのかと思ってその場で入会の旨を返事した。

それから最後に班長さんは「あといきなりで申し訳ないんだけど……」と町内の主催する夏祭りのチラシをくれた。見ると開催日は今日の日付。

班長さんが帰った後、「これ今日なんだけど行ってみたい?」と7歳5歳のこどもたちに聞いてみると「行く!!!!」と音量MAXの即答だった。そしてソファの周りを「まつりだまつりだ」とテンション高く走り回っている。君たちは体力の温存ができんのかね。

夕方17時半、家族でお祭り会場である公民館の広場に向かった。太陽はまだ高い位置にあって外はめちゃくちゃ暑かったが、広場は建物が日陰をつくってくれていくらかマシだった。

あまり広くない広場の中央には和太鼓、端にはベニヤ板で作った簡単なステージと心ばかりの出店、そして空には提灯が下がっている。町のお祭りはこういう手作り感が愛おしいなあと思う。祭りは規模が小さければ小さいほど風情があって良いな。

私の住む町は昔から続く古い町だけど、ここ数年の地価上昇で土地を売る人が増えたらしく新築の家もまあまあ多い。お祭り会場はこの地域にずっと住んでいる老人と来たばかりの新参者の若者とで活気にあふれており、それは紅白歌合戦の出場歌手のような絶妙なバランスだった。初登場の我々家族も受け入れてくれる柔らかい雰囲気がある。

我々はまずお祭りのチラシの端についていた抽選券を切って受付の抽選箱に入れ、それから出店のかき氷を食べたり地域の子の和太鼓の演奏を聞いたり出会った長女の友達家族と談笑したりして、お祭りを楽しみながらそわそわと「その時」を待った。

ステージ上の長机に等間隔に5本のビール瓶が置かれ、司会者である陽気なおじさんが「でははじめまーす!」と言った。その時がきた。朝このお祭りのチラシを見た時からずっと気になっていたプログラム「ビール早飲み大会」である。まさかこの時代にこんなプログラムがあるとは。この町のコンプラはどうなっているんだ。

ビール早飲み大会は事前申込などなく、参加したい人が勝手にステージに上がりビール瓶の前に立ち、大体5人そろうと開始するというかなり緩やかなスタイルで行われた。誰か優勝を決めるというものでもなく、毎回一番早く飲めた人に商品を渡して終わる。そして参加は全員もれなく無料の大盤振る舞いである。なんかちょっと町内会費が高くないかと疑問に思っていた謎が解けた。

司会者の「スタート!」の合図でサンダーバードの勇ましい曲が流れ、皆ビール瓶を一気飲みしていく。すごい。払った町内会費を取り戻したいのか、ただの酒飲みなのかわからないがとにかく大人たちが群がるように参加していく。どんどんご機嫌な大人たちが量産されていっている。

盛り上がるステージを呆然と眺めていると、会場の熱気につられてアツくなった次女が「パパ、これ出て!」と強く言ってきた。私は特にアルコールに強いというわけではないが、これは別に量を競うわけじゃない。早く飲むだけなら私も娘とこの町のヒーローになれるかもしれぬ。よし、でるか。私は心を決してステージに向かった。

結果から言うと、私はヒーローになることができなかった。後から妻が撮った動画を見てみると、なんかもじもじしている男が一人だけどう見てもちびちびと味わってビールをおいしく飲んでいるようだった。妻の総評は一言。「やる気が感じられなかったわ」だった。早飲みとは奥が深い。そしてビールにはおいしく飲めるスピードがあるのだなと学んだ。げふ。

ほろ酔いの帰り道、こどもたちはまだ興奮が冷めやらず祭りの終わりを名残惜しみつつ、影を踏んだり踏まれたりして帰った。今日はお腹壊すかなあと思ったら、帰宅してから夜にしっかり下したのだった。夏だ。

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