映画のはなし:真実はひとつでも、正解はひとつではない『雪山の絆』
2024年のアカデミー賞では、国際長編映画賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされたNetflix作品。監督は『永遠のこどもたち』や『ジュラシック・ワールド/炎の王国』のJ・A・バヨナ。1972年に起きてしまった飛行機墜落事故と、その悲劇に遭遇した青年たちの姿を描くサバイバル作品です。
1972年10月中旬。チリで行われるラグビーの試合のため、選手やその家族を乗せてウルグアイから飛び立ったチャーター機がアンデス山脈の中心で墜落した。墜落の衝撃で死亡、負傷した者、医療経験を活かし仲間を助ける者、生存者たちは生き延び、救助されるためにできることを行った。
しかし食料は限られており、すぐに底をついてしまう。肉体的にも精神的にもギリギリの状態にある彼らが直面したのは、生きるために仲間を口にするかどうか。
そして墜落からおよそ2カ月後、乗員乗客45名のうち、16名が生還する。
「オスカーのショートリスト(アカデミー賞候補を決めるための候補作品みたいなヤツ)にのったよ」というニュースを見て、Netflixならすぐ観られるぞ、と気になっていた作品です。
フランク・マーシャル監督、イーサン・ホーク出演の『生きてこそ』と同じ題材だとは知らなかった(そういえば『ハドソン川の奇跡』もフランク・マーシャル先生監督作よね)。
実話ベースなのでもったいぶる必要もないのですが、墜落機に乗っていた彼らは、生き延びるために仲間の体を食べる、という行為を余儀なくされる。
ショッキングな事だから強烈に印象に残ってしまうけど、もちろん作中で描かれるのは、まだ20代の青年たちが中心となって、極限状態のなか強い精神力を保ちながらお互いを鼓舞しあい、2カ月という長期間、真っ白な雪に覆われたアンデス山脈でサバイバルする姿。
生存者たちのなかで分かりやすい対立が起こるわけでもなく、状況に絶望し、錯乱してチームを混乱させる人もいない。
全員が協力し、慰めあい、できる限り理性を持って「どうしたら助かるのか」をひたすら考え、行動する。すごい。
もちろん仲間を口にするかどうか、という部分では対立もあるけど、それは当然。倫理的、宗教的観点から考えても、感情を封じ込めて考えたとしてもなかなか割り切れるものじゃないと思う。
でも彼らと同じ状況下でその行為が「正しいか正しくないか」と問われたら、私は答えが出てこないな、と思った。どちらも正解であり不正解。
「食べなければ死ぬ」という真実はひとつしかない。
でも、真実に対する正解はひとつではない。
しかも墜落した飛行機に乗っていたのは、全員が自分の仲間。作中の会話で「なんて不条理なんだ」というセリフがあったけど、ホントそれよ!
彼らは墜落した直後から誰一人スタンドプレイをせず、けが人にハンモックを作ってあげたり、全員が若いとは言えまだ20代後半のメンバーが「年長者だから年下のメンバーが動揺するようなことは言わないように」と確認しあったり、アンデス山脈を越えてチリ側に行ければ助けを呼べるかもしれないと体を鍛え続けていたり、なんならラジオから「捜索が打ち切られました」と聞こえても諦めずに生きる方法を模索し続けたり。
彼らを尊敬しながら、一緒にサバイバルしている気分でした。
いやもう、私、絶対ムリよ。
同じ状況になったら、絶対に心が折れる自信がある。
自分のことでいっぱいいっぱいになって、もし家族が一緒にいたとしても、慰めたり励ませる余裕なんてないと思う。
途中、寒さに凍えながら壊れた機体の中で全員がくっついて暖を取り、一人ずつ自作の詩を披露するシーンがあるんだけど、この状況下をネタにしたブラックジョークで笑いあったり、友人のケガをネタにしたり。
もともとの信頼関係が構築されているからこそ成り立つ笑いなんだけど、どんな状況下であっても笑うことって大事なんだな、って素直に感じられるシーンでした。
そういえば昔、母親が「死にたいと思うくらい辛いことがあったら南米に行きなさい。ブラジルのサンバに参加しなさい。そうしたら死にたいなんて思わなくなるから」と、冗談なのか本気なのか分からないことを言っていたのを思い出した(自分もサンバカーニバル行ったことないくせに)。
でも、そういうことなのかもしれない。
理屈や完璧な方程式で証明できないのが、人間の感情なんだと思う。
ラスト、体力がある数名が雪山を超えて、助けを呼ぶことができたんだけど、乗客全員(ではないけど)がラガーマンだったから、一般人以上に体力と気力があったのも、生還できた大きな要因だったんじゃないかとも感じました。
オスカー像を手にすることはできなかったけど、人間の強さを感じることができた良作。
実は、今年のオスカー直後くらいに見たんですが、半年くらい寝かせてしまった……。
ほかの映画もちょこちょこ見ているんですが、最近お遍路さんが忙しくて。