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【短編】マイムマイムが募らせる私のブルー (シロクマ文芸部)

文化祭が終わりグラウンドでは恒例の後夜祭が始まった。

後夜祭ではフォークダンスを生徒全員で踊ることになっているのだけど、私は誰かに言われて機械のように踊るフォークダンス(特にオクラホマミキサー)が楽しいと思えなくて嫌いだった。

でも、後夜祭はひと通り踊るとあとは自由解散なのがいい。

大半の生徒はそのままグラウンドに残り時間ギリギリまでそれぞれ文化祭の余韻を楽しんだり、恋の花の種まきをする子もいる。

私はというと、親友と校舎にもどりチェリオの瓶を集めていた。

文化祭後は飲み終わって持て余したチェリオの瓶が、かなりの数、校内に放置される。その瓶を校門横の商店に持って行くと1本10円になる。

集めて演劇部の部費の足しにするのだ。

もちろん、同じことを企む余所の弱小部員たちもいて、彼らとの小競り合いをも楽しみながら私たちは校内をまわっていた。

この時、私は、今日の公演の出来具合や次の公演のアイデアを彼女に話したかった。
次から次へと溢れ出す形をなさない想像を含んだ話を「それ変わってるけどおもしろいね〜」と笑って真剣に聞いてくれるのは、この世界で彼女だけなのに、この時はどこか上の空で、私も自然と口数が減り、もくもくと瓶探しに専念していると....

「あのね、
 キタヤマくんとちょっと話してこようかな....」

彼女が言いにくそうに口を開いた

「え!? あっ...
 そうなの?
 いや、行っといでよ
 私、一人で大丈夫だから、
 ねっ?」

あわてて彼女が抱えていた瓶の入った袋を奪う

「あ、ありがとう....」

「これ終わったら
 テキトーにひとりで帰るから
 私のことは気にしないでー」

「うん」

じゃぁまた明日ね。
大急ぎで階段を降りてゆく彼女を見えなくなるまで見送る。

スマホどころか、ポケベルや携帯さえもない時代だったから、明日学校が始まるまで、これで本当に「今日はバイバイ」

キタヤマくんのことが気になるとういう話は前から聞いていたけど、さっきの彼女は私の想像を超えていた。こんなふうに積極的になるほど想う人を見つけた彼女が羨ましいような、
でも、それよりも、知らぬ間に彼女が自分とは少し違う方向を向いていたことを知って寂しかった。

そして、大切なものをさらわれたようで、これまで接点のないキタヤマくんに小さな憎しみが湧いている自分がちっぽけで面白くなかった。

集めたチェリオの瓶は19本
商店のおじさんから190円受け取る
そして、自分のお財布から小銭を出してオレンジ味を一本買うと、誰もいない部室にもどり窓を開けグラウンドを眺めながら飲み干した。

人工的なオレンジ色の炭酸水はガブガブと一気に飲んだばかりなのにまた飲みたくなるあやしい甘さだ。

「この瓶でちょうど200円になるぞ 
 ふふっ♪」
と満足げにひとりごとをつぶやいて
またグラウンドを見下ろすと彼女とキタヤマくんが楽しそうに話しているのをみつけた。

中学から部活も帰りのバスも同じで何をするのも一緒だった。
同じ高校に進学したものの、「将来」とか「進路」とか、そんなワードが出てくるようになって、少しずつ「彼女と私はずっと同じじゃないんだ」と感じてはいたけど....

こういうのが大人になるってことなのかな?

ふぅ〜〜ん。

腑に落ちない自分をなだめるようにひとり鼻歌を歌いながら部室の本棚から漫画の「ガラスの仮面」を取り出して読みはじめる。

さっき、別れ際に、
 しばらく部室に居るから
 つまんなかったら戻っておいでよ
なんて言わなくて良かった.…
と、つくづく思いながら何度も読んだページをペラペラと、ただ、めくっていた。

しばらくすると、
グラウンドにマイムマイムが流れはじめた。

マイム マイム マイム マイム
マイム ベッサッソン

めちゃくちゃに張り上げた声もする
外を見ると大きなフォークダンスの輪ができていた。
校内から見ていた子たちも外に出てどんどん輪が広がっていく
 やっぱり私も行こうかな〜
窓辺で迷っているとダンスの輪の中に楽しそうに手を繋ぐ彼女とキタヤマくんを見つけてしまった。

 やっぱり帰ろう.…
胸の中に広がりそうになった暗闇を遮断するようにピシャリと窓を閉め帰り支度をはじめる。
..…

何だか真っ直ぐ家に帰りたくない
心の声がするけれど、残念なことに、この街には、そんな女子高生を慰めてくれる気の利いた場所はひとつもない。

この街のメインストリートと呼ばれる場所には
店先にイカ徳利がぶら下がり、偽の湯気を立たせたディスプレイ用の温泉まんじゅうの蒸し器がもれなく置いてある土産物屋と夜になるとママの名前であろう看板とネオンが妖しく光り出すスナックばかり並んでいる。

要するに女子高生には全く冴えない温泉街なのだ。

そして、そんな街の中心からずっと離れた山間の集落から学校に通っているので、そろそろ1時間に一本あるかないかの貴重なバスの時間だ。

家に帰るしかない自分が不自由で惨めな気がする。

「あぁー
 早く大人になりたい!」

本音が声になった

大人になったら
踊りたくないフォークダンスは踊らなくていいし
バスの時間も関係ない

そして、大人になれば
面白くないちっぽけな自分の扱い方が見つかるかもしれない...

う〜んっ!
気合いを入れるように伸びをして部室を出た
もちろん、チェリオ瓶は忘れない
商店のおじさんに渡したら、「精が出るね」って言われてしまった。

マイム マイム マイム マイム
マイム ベッサッソン

学校の外に出たのにまだ聞こえるマイムマイムがひとりぼっちを募らせる。
私は面白くないちっぽけな自分を心の檻に閉じ込めてしっかり鍵をかけるとバス停まで駆け出した。

早く大人になるために___

<終>

#シロクマ文芸部 参加作品です。
最後までご覧いただきありがとうございます。
部長の小牧さん
今週もありがとうございました。

今回は、青春のなつかしい匂いしかしないお題でしたね(*´▽`*)

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