映画『破墓/パミョ』が“掘り出したもの”(元ネタに興味がある人の為のネタバレ有りの長文感想・考察)
「お前ん家の先祖代々の墓を掘り返してぶっ壊してやるからな!」
と言われたら、あなたはどう思うだろうか。
おそらく多くの日本人が嫌な気持ちになるだろうし、
「罰当たりだなあ」
「俺が嫌いなら俺とやり合えよ!先祖関係ないだろ!」
と感じるだろう。勿論ポジティブな感情を生まない暴言だ。
だがこの暴言、中国文化圏では更に数億倍の攻撃性を持つ最悪の侮辱となる。
形として宗教が禁じられた現在においても、中国文化圏では「先祖代々の墓」の大切さは単なる先祖への思い以上に、その人の一族であるとか血筋に非常に深く関わる尊厳であるからだ。
その価値観の礎となったであろう考えとして、古く中国文化圏では、死んだ人の眠る地つまり墓の「立地」を非常に重んじていた。
先祖や親の埋葬地が“良い土地”ならば子孫の人生にも良い影響が現れる。逆に“悪い土地”ならば子孫の人生に悪い事が起きてしまう。
ゆえに墓は死者を妨げる事のない安らかな土地でなければならない。
この考え方と、地形によって“良い土地”を導き出す技術こそが「風水」と呼ばれた。
つまり時代が時代であれば、そして現在でも感覚として、中国文化圏の人にとって
「先祖代々の墓を損壊」
というのは、
その人のルーツであり敬っている先祖みんなの安寧と、その安寧により子孫にももたらされるであろう安寧の両方をぶち壊す、尊厳破壊レベルMAXの悪意である。
さて、風水的に良いとされる土地には条件がある。背後には立派な龍に似た山並みが連なり、そこから「玄武」となる山につながっていること。
その土地の前方は広く開けていて小さな山があり水の流れる「朱雀」であること。
両脇は高い山並みの「青龍」と、同じく高いが青龍に頭を下げるようやや低くなる「白虎」であること。
これらの配置にかなった土地を「明堂」と呼ぶ。
この地形はそもそもは縁起や開運といった目に見えない意味合い(理気)ではなく、中国を見舞う過酷な季節風や、それにより溜まる雨水の水捌け等、物理的利点を考慮する意味があったという。
この風水技術と思想は朝鮮半島にも伝わり独自の発展を遂げ、風水師は国家において非常に重要な役職にあり、風水予言が国を左右してきた。
そんな風水大国、そしてホラー躍進国である韓国から、楽しみにしていた風水ホラー映画『破墓/パミョ』がいよいよ日本に上陸した。“良い土地に墓を動かす”のは悪いことではないものの、そこに至る“墓を掘り起こす”という点にかなりの重要さを感じ私的にずっと不穏さを募らせていた本作。
(おそらくもしも「歴史人物の首の塚の移動の映画やるらしいぞ!」と都民が聞いたら、その時に感じる怖さ・「ヒェッ」感・やっちゃいけなさへの慄きにかなり近い。絶対ヤバいこと起こるじゃん)
……前置きが長くなった(ので読んでいる人はほぼいないと思う)が、今回は映画『破墓/パミョ』を観た、ホラー映画好きで風水ちょっとだけ知ってる私の個人的感想と考察を書いていく(Filmarks、Xポストに加筆修正)。これから映画を観る人は、先に書いた「風水の意味」だけ覚えておけば予備知識はOK!
※私は本作をホラーエンタメとして捉えているので、各種問題への言及や賛否を交えての感想はこの場にはありません。
※冒頭のあらすじを書いた後、警告文を含んでネタバレ有りの感想・考察となります。
◆冒頭のあらすじ
アメリカに向かう男女。
日本語の流暢な女性は巫堂(ムーダン。韓国の民間信仰のシャーマン)のファリム。
隣に座るのは弟子の青年ボンギル。
二人を招いたのは韓国にルーツを持つ在米大富豪であり、家族達が謎の病気で苦しんでいると言うのだ。
「先祖の墓が良くない状況にある、そのせいで子孫の彼らに異変が起きているのだ」
そう悟ったファリムは韓国へ戻り、知己である葬儀屋のヨングンと地官(風水師)サンドクとともにその墓を見、悪い土地からの移動改葬の為の墓の掘り返し・破墓を行う事を決めるのだが――
※以下、内容に触れながらの感想や解説となります。ネタバレ注意!!
◇儀式、寺院、そして風水……韓国ならではの「呪術的盛り上がり」が途切れない!
前述のいわゆる陰宅風水(自然環境の選別、墓が肉親に影響する考え)と、後述の某都市伝説その他をモチーフにしたホラー。
日本人(かつ香港の風水先生による古典地理風水勉強済)としてはかなりリアクションに困るオチや設定の映画ではあるが(笑)、五行思想(万物は5つの属性からなり、それらは生み出し生み出され、壊し壊されながら巡っている)からの導入と、五行ラストバトルへのつなぎはかなり好み!
冒頭ではエネルギー生成理論の五行相生を説明しておきながら、劇中使われたのはエネルギー破壊理論の五行相剋だった超ちぐはぐな『陰陽師0』に比べ伏線として良く、風水師サンドクが『キン肉マン』の技のように超解説の五行応用技を見せるまさかのシーンに盛り上がれた。
ラストバトルの、燃える鎧を血まみれの棒で倒すシーンは多分、
「木の棒が血で濡れている」
=木の力は水(血)に育まれるから木のパワーにバフ乗ってる!
「鎧が燃えている」
=(金属の鎧は本来木には負ける属性だが)金属は炎で弱体化してデバフかかってる
という勝負と思われる。
もし台詞字幕見間違えてたら教えて下さい。
ホラーとしては、祭文や打楽器、舞い等といった「儀式」のリズム感と迫力でたたみかけるように映像を形成する独特の雰囲気があり、それが幾つものシーン・別々の儀式でそれぞれに繰り返されるのも良かった。
宗教大国の韓国ならではのチームアップ、巫堂(民間信仰のシャーマン)の女性と弟子、キリスト教徒の葬儀士、地官(風水師)のおじさん、といった主人公四人の連携や集合知的な奔走も見所。
人々は道教的な魔除けを用い、風水的な吉地を重んじ、生贄に鶏や馬を用いる民間信仰をも頼りながら、葬儀では十字架のもとで祈る。
印象的なシーンを拾い集める程に、信仰の坩堝である韓国らしさを感じられたのも印象深い。
同監督の難解宗教ホラー『サバハ』も好きで以前感想を書いたのだが、本作はどちらかというと『サバハ』よりも、ともに異ジャンルだが『オオカミ狩り』を楽しめた人にオススメしたい。『処刑山』とかの心構えで!
◇元ネタにちょっとだけ触れる
↑日本公開前、韓国の人達が「日本での本作上映を危惧している」旨の話題がまわってきた時の、不穏さを抑えきれない私のポスト。
事前の予想通り、モチーフの都市伝説というか陰謀論として
「日帝風水謀略説」
が使われている。
これは、日本が朝鮮半島の風水を乱すために「鉄の杭」を打ち込んで地脈※を破壊した、等が半島側の一部で信じられている説だ。
私の経験上、多くの日本人はこの陰謀論があったことを全く知らない。
なので作中このネタが種明かしされた時点で、元ネタ都市伝説を知らない日本の観客の多くが
「突然の反日!!!!」
「冒頭で日本語出てきたから、日本人にも好意的で親しめる映画だと思ったのに!」
と予想だにしなかった要素に驚いたり、人によっては思想的映画として印象がつき楽しめなくなってしまったりしているだろう。
この映画が、決して監督個人が創作した反日物語の設定などではなく歴史的背景のある都市伝説が元ネタである、というフォローが作品内でやや分かりにくく、日本文化に造詣が深い監督の作品(日本での公開も視野に入れているなら尚更)ならもう少し分かりやすさがあっても良かったとは思っている。私のFilmarksの★が4に届いていないのもそのへんが理由。
前述のようにほとんどの日本人が元となった都市伝説を知らないため、
「日本嫌いの監督の作った、穴だらけのトンデモ設定の反日映画だ!」
と思って劇場を後にする人がほとんどだと思うからだ。
私のnoteにお付き合いいただいてる方は何度か読んできたと思う(繰り返しになってしまいすみません)が、基本的に陰陽師が日本で行ってきた吉凶方位選定などは陰陽道独自の方位学に基づいており、五行思想等の類似はあれ、大陸〜半島に根づいた風水とは別物と考えていい。
冒頭の私の文で
「え?玄武は山だけど、青龍は川で朱雀は池、白虎は道じゃないの?」
と思った方もいるだろう。
これはよく平安京や鎌倉がそうであると言われる「四神相応」であるが、これは江戸時代の書物に見えるマニュアルであり風水の四神とは違う(近年になってやっと、このタイプの四神相応が中国から伝わったものかも?的可能性が想像できる資料が出てきたのみ)。
本来の風水では、玄武・青龍・白虎・朱雀は全て大小の山であり、その条件に合致した高さや形状に囲まれた土地を重要視する。
劇中でサンドクの
「山がトラの形をしていない」
という台詞があったが、これは白虎に相応する地形ではない、という意味だろう。
神獣の名前がついているのでオカルティックに感じるかもしれないが、もとの風水における「玄武」や「青龍」は、“その方角の地形”の呼び方、くらいに捉えて差し支えない。
※土地前方を表す朱雀に関しては、低めの山と水の流れ(水朱雀)を看る。
(四神の名称に関しては風水だけでなく、星座・方角・医学等様々な分野で用いられており、日本の神道の四神旗や古墳の壁画は星座・方角神としての四神の色が濃い)
他にもたとえば、陰陽師がめちゃくちゃ重要視した「鬼門」は風水では別に不吉でも何でもない。
作中に出てきたような風水墓が琉球以外に見られず日本本土の歴代権力者の墓が「明堂準拠」の土地に無いことや、日本に憎い一族の墓を壊す呪術、風水的に良くない土地の墓を再埋葬する民間伝承が存在しないことを考えても、風水思想の違いが分かる。
これらを総合してつまり、日本人の吉凶方位学には「地脈を鉄の杭で侵す」という(事が大真面目に攻撃として成立するという)発想すら無いと考えていい。なのでこの陰謀論は、半島側の風水師の協力者か、大陸〜半島で風水を学んだ風水偏差値激高メンバーでもいなければほぼ完璧にデマである。
陰陽道全盛の時代にせよ近代にせよ現代にせよ、そこまで日本の(正統的)風水レベルや知識量は高くない。
ここに、
「いや日本人が風水分かった上での攻撃をする知識がなくても、半島の人々が嫌がる事を調べてやったとも考えられる」
という反論もあるようだが、個人的に民俗学的観点から考えにくい可能性ではあると思う。
前置きで書いた通り、この作品をエンタメホラーとして私は観れているので、この陰謀論の脚色がかなり異様な存在感を放っていることに引き込まれた(し、パンフレットを読むと現在では韓国でも日本の風水攻撃は都市伝説の域を出ないとの事)。
都市伝説の予備知識があったからか、やみくもな反日意図を感じず、住職の倉庫に杭が出てきた時点でギョッとし、
「やっぱり風水謀略説ネタ!」
「韓国の人があれをいじってきたか……どういうエンディングにするんだろ」
という驚きが大きかった。
私は日本人としては正直、
たとえるならディ◯ニーシーに美しさ楽しみに行ったら
「君日本人か!海の仲間たちを遊びで殺してそうだな!」
と分かりもしない奴から揶揄されて気分悪くなったような経験をした、某青化身海編の方がずっと問題だしムカつく。
関ヶ原時代の怨念を残す戦国武将の鎧を「鉄杭」のうちの一つとして地面に埋めている、という人柱ならぬ怨霊杭。
そこに安倍晴明の一族と思われる“狐の陰陽師”や、『耳なし芳一』の“武者の霊が経文の無い部位を狙う”といった日本文化からの味つけが面白い。
「狐の陰陽師」が施した鎧の怨念が持っていた「肝を喰う」という点や「狐」に関しても、死者の内臓を喰う荼枳尼天(仏教で狐を眷属とする女神。天部)であるとか、古墳や墓に巣食い死体を掘り起こして食べる等の習性から日本においてそこに習合しやすかった狐の生態・民俗をもモチーフにしているのかも知れない。
(「狐が墓と相剋だ」という台詞は五行思想等の属性の相剋か、狐が墓を害する習性があるからか)
パンフレットにも解説があったが、韓国のシャーマニズム世界に存在するのは「神」と「人」であって、物体に神が宿るという概念がないそう。だから劇中でも巫堂達は、鎧に怨霊を宿し鬼の如き守り神としたものを“精霊”と表現するしかなかった。
韓国ホラー『呪呪呪』の前日譚『謗法~運命を変える方法~』でも付喪神や人造神に言及するシーンがあったが、そういった文化の違いを学べたのも面白いし、外国のホラー映画の醍醐味の一つだ。
◇風水の正しい存在感と台湾ホラーに匹敵する呪術の饗宴。こういう映画どんどん出てきてくれ!!
書いてきた他にも、特に朝鮮半島の風水墓や風水地は女性の構造(性器や子宮)に倣い、象徴的な生命力にあやかる技術がある、等の研究もあり、新しい命を宿している妊婦の娘を思ってサンドクが邪悪に打ち勝つとかも、偶然だとは思うが私には刺さった……のだが、このへんはファンのこじつけになってきちゃうのでやめておこう。
風水、と聞くと、日本人は「おまじない」とか「縁起かつぎの迷信」とか「インチキ霊感商法」というイメージを持つ人が多い。
サブカルチャーだけでなくメディアや開運ビジネス界隈でも、方角や色や部屋を扱う占いは一緒くたに“風水”と呼びまくる。
実際そういった脚色のゲームやマンガ、悪徳ビジネスや非科学的傾倒が多く存在しているのは確かだ。
だがここまで読んでくれた数少ない人にはぜひ覚えておいて欲しい。
「本来の風水は、天候や自然現象に負けない安住の地を探し出す技術だった」
という事を。
そこには壺も印鑑も盛り塩も鬼門削りも無い。
それまで「風水的に悪い」と言っていた材質Aの印鑑が、「風水的に最高」と謳っていた材質Bがワシントン条約により商業的に扱えなくなった途端「印鑑は材質Aが風水的に最高」と手のひらを返すような理論も無い。
原初は、水捌けの悪さや土砂崩れで棺が壊れたりして死者が眠りを妨げられる事がないようにと山を読んだ技術だった。
やがて、人には到底太刀打ちできない自然界のエネルギーを尊び、その加護を願いまた共存の技術として、山を龍と呼び地形を分析し重んじた。
時代とともに、その「安住の土地」を割り出す技術は都市計画に応用され、医学・天文学と作用しあって占術的側面をも獲得してきた。
また回り道的な事を書くけど、良かったらトリビアとして覚えておいて欲しい。
古くから中国では、占いを学問として3つのジャンルに分けて考えている。
一つは「命(めい)」。誕生日や生まれの十干十二支、西洋では星座、日本では差別的だが血液型等の“持って生まれた変えようの無い要素”を決め打ち的に整理し扱うもの。
二つ目は「卜(ぼく)」。亀を焼いてヒビを見たりクジを引いたりといった“その時その時のランダムに起きた事に意味を見出す”もの。
そして三つ目が「相(そう)」。手相・人相(現代の価値観ではこちらもやや差別的かも)など“形に意味を見出すもので統計学に近い”占術であると同時に、手相なら線を書く・人相なら化粧をする等“改善方法の研究もなされる”ジャンルである。
ここまで読んでくれた人ならもう分かるだろう。“地相”……地形地質に学び、災害から身を守る形の都市建設までたどり着いた風水の統計と建設「技術」は、ここに含まれる。
科学万能の時代。
そして、作中の台詞にもあったが良い土地は使いつくされ、破墓を手伝ったせいでおかしくなった作業員の家の有り様で伝わる事だが、死者の墓一つで血眼になる一方で、生者はギチギチに立ち並びすぎた居住区で暮らしている。
そんな時代では、良い土地を探し出す巒頭(地形)風水師の仕事にもある種の限界がきている。ゆえに理気(暦や十二支など目に見えない要素)風水を重んじ、どうにもならない立地・地形よりも占いを頼る流れがどうしても大きくなってくる。
地形の意味を読み取った古来の風水は活躍の機会を減らし、特に日本ではその本質を知られる機会もないまま疑わしい迷信のレッテルを貼られていくのも、悲しいが仕方のない現実かも知れない。
しかし、映画の中でだけでも、古くからある風水の考え方が、その本来の存在感をもってこうして輝いている事が嬉しいし、ストーリーに抵抗感がある人がいるであろう事は否めないが、一人でも多くの日本人に観て欲しい作品だと私は思っている。
「へー。風水って壺や印鑑の事じゃないんだ。お墓とか山の形から始まったんだ」
くらいの認識、せめてそれだけでも広がったら、風水学を勉強してきた単なる端くれの私が言うのも何だけど、ちょっぴり嬉しい。
映画『破墓/パミョ』が土の中から掘り出したもの。
それは、日本人の多くが知らなかったかつての異国の都市伝説と、
「山を読み、土地を定める」
という、同じく多くの日本人が知らない、原初風水の理念だ。
※『破墓/パミョ』が面白かった人は、同監督の宗教オカルトホラー『サバハ』もオススメ!
『オオカミ狩り』や『京城クリーチャー』にう〜んってなる人でも『サバハ』はやや観やすいかも。
「巫堂」の他、日本と韓国のお祓いや呪術が交差する、少女呪術師のドラマもNetflixほかで配信中!魅力的師弟関係の巫堂&弟子キャラはこちらのドラマにもいるぞ!!
ぜひチェック!
※本記事は個人の「映画感想」です。
思想・政治・信条の議論目的の記事ではありませんので、そういった場への引用やリンク掲載(その様な旨のXアカウントによるリポスト)を禁じます。
分かりやすく書くと、個人の芸術鑑賞で動いた心や映画解説を、これ見よがしに自分の思想信条拡声器として都合よく「利用」する人を私は望みません。念の為記しておきます。
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