お金に向き合ったことってあったっけ?
お金や時間について考えてみたくて、最近色々な本を読んでいる中で出会ったのが、冨塚あすかさんの「職業、お金持ち」
冨塚さんと思われるお金持ちを夢見る女子大生がその見た目から「えびす様」と名付けた裕福なおじ様から手ほどきを受けて「お金とは何か?」「お金持ちとそうじゃない人の違いとは何か?」等考えながら人として成長していく物語だ。
ちょうど、この本を読む直前に自分がいいなと思ったサービスを友人に紹介するということに挑戦していた。
最初は純粋に自分が利用してみていいなと思ったサービスを紹介することが目的だったはずなのに、途中から紹介料が欲しいなっていう気持ちが強くなってきてしまった自分に気づいて、「お金ってなんだろう?」という気持ちが強くなってきたところだった。
そんな私が読んだ中で刺さった言葉を共有したい。
本当に欲しいのはお金ではなく、その先の「幸せな感情」
お金や時間を気にしなくて良かったら、何をしたい?と自分に問いかけてみる。
10分間考えて出てきた、今の私の心を映す欲望はこんな感じだ。
いい入浴剤で温まりたい
健康な身体になれるようによく寝たい
ビジネスクラスでアイルランドに行きたい
外国に住む友達に会いに行きたい
人の話をゆっくり聞いて、話をしたい
モンゴルで馬に乗りたい
ジャズバーでナンパしたい
おいしい料理とお酒を家族で楽しみたい
おいしいコーヒーをゆっくり飲みたい
ヘッドマッサージに行きたい
ラジオをやりたい
カフェでのんびり手帳時間を楽しみたい
毎日笑って過ごしたい
本屋さんで掘り出し物を探し出したい
靴をオーダーしたい
似合うスーツをオーダーしたい
広いベッドでぬくぬく過ごしたい
新しいPCを買いたい
浴衣を作りたい
気に入ったものだけに囲まれて暮らしたい
私の場合、普段は1日8時間(で終わる時は稀)、週5日働く会社員のため、中々時間がないという悩みがあり、お金というより時間よりの欲望が多い気がするけれど、自分が今やっていることを誰かにお金を支払ってお願いするということで時間は増やせるという部分もあるから、やはり「お金で悩みの9割は解決する」は信ぴょう性がありそう。
作品の中で「えびす様」が、
お金はただの「交換券」。それ自体を追い求めたらダメ。
という言葉を繰り返し伝えている。
お金と引き換えに得た経験(旅行や素敵なお店での接客、様々なアクティビディ)に対して「なんて綺麗な景色!」「おいしい~!!」「楽しい~」「思ったより〇〇なんだ?!」等、色々心が動くことはわかる。
でも、「モノ」に対してそういう感情を抱くということはあまり考えたことがなかった。今の欲望に上がっていた「モノ」について考えてみる。
オーダーした靴を作って履いてみたらどう思うだろう?
普段サイズが合う靴がなくて困っているのに、デザインも自分好みでサイズもピッタリで最高!という気分になる。
似合うオーダースーツや浴衣も、それを着て誰とどこに行こう?と先の予定を考えてワクワクするんだろうな。
新しいPCを買ったら、新たな機能も使えるから、それを使って何をしよう?とその先を考えてワクワクする気持ちが出てきそうだ。
確かに、もう「お金」というより「気持ち」の問題にすり替わっている。これって、今の生活だとポジティブな感情が不足しているということなんだろうか。
そして、お金持ちになることはポジティブな感情が増えることだから、自然と表情にも表れるんだろう。
では、どうやったらお金持ちになれるんだろうか?
お金自体をフラットに見てみる
急に「えびす様」が主人公にポンと札束を渡し、主人公が「受け取れません」と断るシーンがある。
「何もしていないのにお金をもらうなんてなんだか怖い」、「そもそもえびす様が稼いだお金なの?」、「何か悪いことで手に入れた汚いお金なんじゃ?!」などと考えてしまい、素直に受け取ることができなかったんだ。
主人公だけでなく、私たちはいつの間にか、自分で汗水たらして働いたお金は正しい綺麗なお金、犯罪の末に手に入れたお金は汚いお金というように、勝手にお金の綺麗さを意味づけしている。
でも、「お金」って本当はただの「お札・硬貨」だから「モノ」なんだ。それ自体に意味付けをするのは取り扱っている私たち人間だってことを改めて思い知らされた。
では、お金に「綺麗」も「汚い」もないというフラットな見方を知ったところで、お金をちゃんと受け取れるようになるにはどうしたらいいのだろうか?
「えびす様」によると、まずは扱うお金を増やすには自分の器を広げる必要があるらしく、普段使う金額の3倍を目安にまず使ってみる。
使う時は自分の心地よさや喜びを基準に選ぶようにして、記録しておき、自分の心の変化に敏感になることが大事。
ここでも、「お金」自体というよりもその先にある「感情」を大事にしていることがわかる。
本物のお金持ちは「感情」が大切だから、通帳の残高の数字が増えること自体を喜ぶということはしないそうだ。銀行に預けている間はお金が自分に新しい「モノ」や「経験・体験」をもたらしてはくれないからだ。
ここでもう一つ心に残った言葉があった。
お金はそもそも自分のものではない
昔から「金は天下の回り物」ということわざがあるけれど、本物のお金持ちはそれの本当の意味を知ってるってことらしい。手元で滞らせず、周りの人に分けることをしていれば、必ずまた自分の手元に戻ってくるというのだ。
お金持ちマインドを知らない私は、つい目先の利益(お金)にとらわれてしまいがちだけれど、そこも間違いのようで、
正しく使えば自分のもとに還ってくるけど、その形はお金に限らない。
と言っている。そうか、「お金」や「モノ」に限らないなら、もしかしたらあの人のあの行動もそうだったのかな?などと考えを巡らせたりした。
お金に限らず、仕事上の役割についても似ていると思った。
全部ひとりの人がやっていたら、他の人はいる意味がないなって思ってやる気もなくなるし、もっと自分が必要とされている場所を求めてその職場を去ってしまうだろう。
違う人が担当するからこそ気づけることがある、それによってより仕事が活性化されていく。
お金も同じかもしれない。自分ではなく、別の人が使うことで別の気持ちに気づいたり、感じたりして、それを自分とは違う方法で広めていけるのだ。
そう思うと、お金について考えること、お金が欲しいという気持ちを口に出すのは悪いことではない。
年末、何かとお金を使う機会が多い時期だからこそ、改めて考える機会をもらえた意味に感謝したい。