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映画レビュー『ミナリ』~移民だからこそ創り出せた芸術映画~

大の映画好きだが、韓国映画はちょっと苦手だと言う友人と二人で話題の「ミナリ」を見に行った。
友人いわく、韓国映画は、暴力シーンもトラウマの描き方も、リアリティがありすぎて苦手なのだと言う。これでもかっていう描写は、心が弱っている時は、見ているだけでも辛くなってしまうと言うのだ。

しかし、「ミナリ」を見終わって、その友人曰く、「今まで見た韓国映画とは全然違う。まるで、小津安二郎の映画のようだった。日本映画でも、もう小津のような映画は作れないだろうと思っていたのに…」

わたしも、このしみじみとした感じは、韓国映画というよりは日本映画のテイストに近い気がした。だから、この監督が、ハリウッド映画の実写版「君の名は(your  name)」を撮ると知って、大いに期待したいと思った。

1.監督の子ども時代を題材にしたストーリー

監督であるリー・アイザック・チョン自身が、韓国人移民の2世であり、自身の半生が集約されてたストーリーであるといわれている。

1980年代、農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブは、
アメリカはアーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。
成功を夢見るジェイコブとは対照的に、荒れた土地とトレーラーハウスを見た妻のモニカは、心臓の持病を持つ幼い息子がいるのに、近隣に病院もないようなこんな田舎に引っ越すなんてと、夫の冒険に反発を禁じ得ない。
まもなく、この家族に毒舌で破天荒な祖母も加わり、孫たちと一風変わった絆を結ぶ。しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟のデビッドは、
新しい土地にも、しだいに馴染んでいく。
だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、
思いもしない事態が立ち上がる──。

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父のジェイコブは、妻のモニカが何を言っても、これが家族のためなんだと言って、自分の決定をけして変えようとしない。たとえ、その決定が家族を不安で不自由にさせようとも、家族のためだと信じて疑わないのだ。
勤勉で真面目でロマンチストで家族思いだから、モニカが惚れたのもわかる反面、こんな亭主がいたらヤダロウナと思わせるスティーウ"ン・ユァンが絶妙に上手い。アカデミー賞主演男優賞ノミネートも納得の演技だ。

映画では、なぜジェイコブがアメリカに移民しようと思ったのかは、詳しくは描かれていないが、モニカに、「お前だって、何があっても韓国に帰りたくはないだろう?」と聞くあたりは、並々ならぬ事情があると思われる。
ジェイコブのかたくなさからは、韓国が抱える闇の深さがうかがわれ、アメリカン・ドリームなんてウキウキした感じは全くしないのだ。

モニカも、近くには、病院どころか、心のよりどころにしている韓国人教会もなく、家計を心配しながら育児に追われる毎日だ。子どもたちを想う賢く優しい母親だが、不安な感情を抑えることがでず、夫とは口論が絶えない。
モニカを演じるのはハン・イェリ。韓国ドラマ通なら知っている演技派女優だ。この映画はセリフは少なく、感情を表情でみせなければならないが、彼女のリアルな表情演技はさすがと思わされた。やっぱり、ハン・イェリには、ロマコメなんかじゃなくて、こういう芸術作品が似合うのだ。

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そんな両親を見ながら、病弱な弟の面倒をみる長女アンには、これからの人生はたいへんだろうなと思わず同情をしてしまった。
しかし、このアンとデビット役の二人はまさにはまり役で、しかも、本当に80年代には、こんな素朴で賢い子どもがいたようなあとジンとくるのだ。
この子役2人の存在が、しみじみと芸術映画に仕上がったのに、一役かっているのは間違いないと思う。

サラッと見ても、大自然のなかの開拓者家族のドラマで、「北の国から」のようなストーリー展開もあっていて楽しめるのだが、加えて、あちこちに聖書からの引用と思われるセリフが出てくるし、十字架を背負った男、水辺にあらわれるなど深読みしようと思えばいくらでもできるシーンが散りばめられている。
そこが、観る人によっては、違う面がみえて、何通りの解釈もできる芸術映画になっているのだと思う。

2.四人家族+「おばあちゃん」の持つ意味は?

ジェイコブが、農園を作ろうとした土地は、実はいわく付きの土地だった。そして、その農園が軌道にのるまでは、夫婦は、孵卵工場でヒヨコの鑑別をして、ダブルワークをしなければならない。そこで、子どもたちの面倒を見るために、モニカの母スンジャが韓国からやってくる。スンジャを演じるのは、ユン・ヨジョン。韓国ドラマ通ならみな知ってる名女優だ。

このユン・ヨジョンの飄々としたおばあちゃんが、この映画をいくらでも深読みできるキーパーソンになっている。わたしは、アカデミー賞助演女優賞取るんじゃないかなと予想するのだが。

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スンジャは、朝鮮戦争で夫を亡くし、女でひとつでモニカを育て上げた。社会の底辺でたくましく頑張ってきた女性だ。孫の面倒を見るといっても、「おばあちゃんは、変だ。クッキーも焼けないし、料理もできないし、字も読めない」といわれてしまう。なんのそのとばかりに、花札で孫相手に勝っては得意になっている。

しかし、スンジャが持ち込む韓国の匂いとアニミズムのような自然信仰に、最初は反発していたデイビットもしだいに癒されていくようになる。
何がなんでも成功しなくてはという父親の頑固さや、神を信じていればきっと救われるという母のき真面目さが、しだいに両者の溝を深くしていく中で、無条件で愛を注いでくれるおばあちゃんが、子どもたちに安心を与えてくれたのだった。

そして、クライマックスでは、そんな家族にさらなる試練が待っているのだが・・・。

世代による価値観の違いは、どれが正しいとかではなく、共存できるものなのだということや、幼い子どもにとっては、両親の価値観しかない世界で育つのと、また違った価値観を持っている祖母の存在はとても大きいのだと気づかせてくれる。三世代同居のもつ意味を、あらためて考えさせられた。

3.次の世代にはもっといい世界を残したい

この映画は、監督自身の極めて私的な意味を持つストーリーだが、ここに描かれている家族関係は、どの国にも普遍的なものではないだろうか。

夫婦関係という横関係と、親子関係という縦関係、どちらも今の時代様々な問題や課題を抱えているけれど、どんなに世代間の断絶があろうと、次の世代にはもっといい世界を残したいという思いは同じだと思う。

また、監督が、これは韓国移民の物語だけではないと言っている。
しかし、移民だからこそ持ち得るグローバルで普遍的な視点が活きている映画でもあるのだ。

この映画で描かれる開拓者の挑戦と苦悩は、未開の大地を耕す開拓者だけでなく、新たな市場を求める起業家にも、伝統産業を復興させようとする継承者にも、また、原発の汚染水をどうするかという技術者にも、問題に立ち向かうときには、決まって与えられる試練なのである。
そのことが、連想されるように、宗教の違い、慣習の違いを描きながらも、お互いに、分かり合える交流もきっちり描いている。

そこには、固有の民族性ではなく、もっと大きな世界が描かれていて、多くの人の感動を呼ぶのだと思う。
ミナリという映画の清々しい魅力はそんなところにあるのではないだろうか。





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松幸 けい
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