【読書感想】2024年93冊目「城塞(中)」司馬遼太郎/新潮文庫
pp.513--538 真田父子、紀州九度山
西国を歩いて旅していたときに、慈尊院へ立ち寄ったことを思い出した。司馬遼太郎を読んでいたらと思うと、ちょっと悔やまれる。僕は歴史の授業が苦手だった。今、こんなにも司馬遼太郎にのめり込んでいることが、不思議なくらい。作家との相性というものがあるのかもしれない。
自分のこととして省みたい。
pp.539--576 九度山退去、大阪入城、明石ジュアニー
同じことを、耳にタコができるくらい言い続ける。社員には一度や二度でなく、何度でも。そうすることで、やっと彼らは動き出す。粘り強く、辛抱強く。信じる道を続けていくだけだ。
pp.577--614 道犬斎、又兵衛、海からきた男
会社でも、プライベートでも、いくら頑張ってもうまくいかないこともあれば、ふとしたことで、物事が進んでいくこともあるから不思議だ。「時勢」というものは実際にあるのだろうと思う。
pp.615--654 長曾我部殿、天下騒然、駿府出立
方針は誰にでもわかりやすい言葉でいう方がいいに決まっている。難しい言葉で格好をつけても、伝わらなければ意味がない。
pp.655--695 岡崎、名古屋城、党争
父は確かに経営者として周囲から認められていたが、最大の懸念はその健康だった。取引先からもそれは指摘されていた。組織の長たるものは、健康に留意しなければならない。長が守るべき最大のものは、自らの命なのだ。家康は、そういう点で、先進的な考えの持ち主だったのだと思う。僕も、僕の命を支えてくれている、ある人に、とても感謝している。
pp.696--731 攻守、新宮行朝、奈良
会社でも、部下に対して、上から目線で命令するばかりではなく、まず部下に考えさせるということをやらなければならない。
pp.732--768 渡辺了、霧の陣、茶臼山
僕もよく使う手。相手に自分の真意を知られては、駆け引きはうまくいかない。面白くない。あえて逆のことを言って、相手を惑わし、そうして自分の思う方へ引き込んでいく。
pp.769--820 於千、鴫野・今福、冬ノ陣、真田丸
こういう状況を自沈というべきか。企業でも、業績が悪くなるのは、社外の要因よりも、むしろ社内的なことの方が多いように思う。一枚岩になっていなければ、困難は乗り越えられない。
pp.821-- 城南の戦闘、坑道作戦、右大臣秀頼
真田幸村のこと、好き。徳川家康が、裏切りを強要するのに対して、こんなことを言えるなんて。今は、自分さえ良ければそれでいいという世の中。恩というものについて、僕たちはもっと考えなければならない。
pp.857--903 大筒、桜門、常高院、泗川
蛇のようにまとわりつく母親がある。僕もずいぶんこれに悩まされた。だから出家もしたし、歩き旅にも出た。
pp.904--953 総濠、使者、人馬往来、黒鍬
静岡駅に降り立った時に、僕はいつも一抹の寂しさのようなものを感じる。あれだけの長い間続いた江戸幕府の創始者がいたところとは思えぬほど、寂れて見えるのは何故だろうか。世の中は、必ずしも善人によって支配されるということはない。むしろ、悪人こそが、支配側にまわるものだということを、この時代の人たちも知らされたのであろう。
pp.954--1001 お玉、主馬往来、退隠、駿府の茶菓(中巻読了)
この「恥」という概念が、徳川家康にはなかったと言える。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?