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これだから山はやめられない
冬はトレーニング。
運動は嫌いではないが、得意でもない。
トレーニングはちっとも続かない。
そんな私が日々トレーニングを積み重ね、コンスタントに山へのぼり続けるなんて数年前なら想像すらできなかった。
私は雪山にはのぼらない。
正確にいうと、本格的な雪山装備も準備もできていないので
”まだ”のぼれないのだ。
雪山にのぼれないとすれば、冬は私の場合
「雪の少ない低山にのぼる」
の一択になる。
なぜなら、
アルプスにのぼるためにはトレーニングが必須だから。
では低山にはトレーニングのためだけにのぼるのか、というとそうではない。
むしろ冬こそ低山!低山の季節到来はわくわくの始まりなのだ。
結局、なんだかんだと山に行く。
2024年はいろいろな低山を愉しんだ。
高尾山は奥高尾や南高尾、奥多摩は鋸山や大岳山、茨城では茨城ジャンダルムと呼ばれる生瀬富士、3月には雪の石割山と三ツ峠山に大月の岩殿山。
そして、2025年の始まりに選んだのは神奈川県丹沢山塊にある「鍋割山」だ。
暖冬かと思うほど暖かい日が多い12月だったが、1月はちゃんと寒い。
寒い日に欲しくなるのはやはり鍋である。
鍋割山てっぺんにある鍋割山荘では鍋焼きうどんを提供してくれる。
待っていた。
鍋をふうふうしながらずるずるっと口いっぱいにほおばるうどんを!
鍋割山への登山ルートも様々あるとは思うが、今回は一般的なモデルルートである大倉登山口から後沢乗越を経由してのぼるルートを選択した。
大倉登山口へのアクセスは丹沢山の記事に詳しく記している。
今回旅のお供をしてくださったのは山で知り合った方とその仲間たち。
いつもソロか二人山行なので4人でのぼるのは新鮮だった。
「ゆっくりのぼろう」と、夜明け前からスタートした。
ヘッドライトをつけて真っ暗闇の道を進んでいく。
ひとりならビクビクする道も、4つの輝く光のおかげで恐怖感はゼロ。
冬は日が短いので、こうして真っ暗闇を一緒にのぼってくれる仲間はありがたいに尽きる。
大倉登山口から鍋割山へ向かう最初の2時間はずっと平坦な林道歩きだったので、山にのぼっているのを忘れるほど会話に花が咲いた。
鍋割山はしんどいと噂にあったので覚悟はしていたが、のぼってみると道は整備されていてのぼりやすくそこまでの疲労は感じなかった。
鍋割山に向かう道中には、歩荷協力を求める水の入ったペットボトルが途中に置かれてある。
いつもなら持っていくガスバーナーも鍋焼きうどんがあるからと、今回は持参しなかったのめ荷物も軽い。
よし、うどんもいただくわけだし持っていくぞ!
と、気合を入れてとったのは2Lのボトル。
5Lボトルに躊躇してしまう小力な自分が歯痒かった。
「ゆっくりのぼろう」と、いってはいたが蓋を開ければペースは早い。
鍋焼きうどんは週末が10時、平日が11時からの提供とある。
このままのペースだと1時間以上前についてしまう。
のぼっていると寒さはあまり感じなかったが、やはり止まれば寒い。
少し稜線に出ると風もあるので、きっとてっぺんはかなり寒いであろうと途中で大休憩を取ることにした。
お供の仲間が珈琲を用意してくれた。
これがすごかった。
私も山でいただく珈琲は大好きで、いつもドリップパッグを持ち歩いている。
しかし、今回はドリップパッグではない。
豆だ。
こだわって取り寄せてくれたという豆を、高級ミルで挽いてくれるというではないか。
私の脳内に「確実に美味しい珈琲」がインプットされた。
鍋モードから簡単に珈琲モードへ一気に切り替わる。
ひとり一人に小分けした豆が支給される。
「挽くのも愉しんで!」
と、エンターテイナーな心配りにほっこり。
高級ミルに豆を入れる。
落とさないようにゆっくりと。
回し始めると手のひらにほどよい振動を感じる。
ガリガリ
「止めどころはいつですか?」と聞くと、
「考えなくてもわかるよ」と玄人な返しをいただく。
すると、まさに考えなくてもわかる止めどきがやってきた。
「これですね!」と、嬉しくなって渡すと職人のように無言で受け取り手際よくドリップフィルターに移していった。
すぐさま他の仲間がスイーツを用意してくれた。
いちご大福。
にくい。にくすぎる。
珈琲に合うに決まっているではないか!
休憩素人の私には、この美しいまでもの流れがたまらなくツボだった。
そしていよいよ待ちに待った「美味しいを約束された珈琲」が、私の目の前にやってきた。
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ドリップパッグの珈琲だと入れている間にちょっと冷めがちなのだが、口に伝わってきたのは「あちち」な触感。
まろやかで雑味がない。
やさしさが伝わるやわらかい味わい。
そしていちご大福を口いっぱいにほおばる。
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いちごの果汁が口の中で珈琲と出逢い、餡子と粉をまとったお餅が後から急いで追いかけてくる。
贅沢だ。
山でいただくものは正直なんでも美味しい。
しかし、美味しいものを山でいただくのはレベルが違った。
いちご大福が私のおなかにおさまった頃、さらに次のお菓子がやってきた。
「なんなんだ!」
いつもひたすらてっぺんに向かってガシガシのぼっている私にとって、この麗しの時間は新たな山の愉しみとの出逢いだった。
そうして、贅沢な麗しの時間はあっという間に過ぎ、再び山のぼりを再開した。エネルギーチャージは完璧で疲れを感じない。
10時半、鍋割山のてっぺんに到着!
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うどんまであと30分。
「30分なら待てるよね」と、話していたらなんとすぐに作ってくださるという。
ありがたい。
珈琲モードから一変、鍋モードへ。
うつろいやすい50代の乙女心よ。
お盆に乗せられたおひとり様の鍋には七味までついている。
湯気まで美味しい。
小股でいそいそとベンチに運ぶ。
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野菜がたくさん!玉子も入っている!
私はベンチをテーブルに、しゃがみ込んでずるずるっとすすった。
2度目の「あちち」に心が燃える。
太ったうどんの麺にとろっとろの半熟卵が絡みつく。
もう止まらない。
無言。
その場にいた人はみな、黙々とうどんをおなかの中に流し込んでいく。
「あ〜、良きかな」
”千と千尋の神隠し”にあったセリフが私の脳内を駆け巡っていた。
山のてっぺんで景色の写真も撮らず、無言でかっくらったうどんはあっという間に底をつく。
幸せだ。
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食べ終わるや、雲を頭に乗せた富士山に別れを告げ再びきた道をおりていく。もうすっかり数年前からの仲間と化した4人組。
何の話をしていたかと聞かれても「なんだっけ?」としか浮かばないが、ひたすら爆笑していたのは記憶にある。
思い出とはそういうものだ。
これだから山はやめられない。
次はどこに行こうか。
それが新しい歴史の始まりだ。