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医者には「デブ(BMIの異常)」がいない。学校の先生や政治家にもいない。営業、SE、飲食店、小規模経営者にはデブが多い

デブというのは、18〜35歳くらいの頃の食事生活によって決まるのではないかと仮説している。地方出身で外食の多い環境も必要だ。毎食作ってくれる人がいては駄目だ、デブにはなれない。大幅に食事環境の変化も必要かもしれない。貧困もキーになる。一食に500円程度しか使えないというのは大事な条件だ。

仕事の環境も大事だ。

「先生、先生」ともてはやされては駄目だ。下に見下げられて何でも雑用をこなさなければいけない。宴会でも上席に鎮座してはデブにはなれない。場を盛り上げるためにストリップの一つもできなければデブにはなれない。筋肉があるとストリップでは反感を買う。白のブリーフに線が入っているくらいでブヨブヨお腹でなければ次のお声がかからない。

客先に行って怒られなければならない。客先割当では売上の少ない客を割り当てられ無ければ苦労できない。

もちろん職種や親の財力も物を言う。

医者、学校の先生や政治家にはデブ(BMIの異常)がいない。。大きな会社の経営者にはいない。二代目経営者でデブな場合は父親のハラスメントが想像できる。公務員にもいない。とは言っても、公務員も組織の中では苦労する人もいるから一概には言えない。

幼稚園の先生にはいる。子供用のオヤツのお菓子が血液を流れるらしい。給料も安いのだろうか?

親が大手企業の部長だったりすると最悪だ。大学卒業するとあと言う間にいい会社に招き入れられる。出世コースに入り妬まれるが、親が現役の間にこね作っておけば大丈夫。

僕のように4年の1月まで就職が決まらないと大体0.1トンの大台には乗れる。

親がアパート経営などしていたら致命的だ。働かなくともお小遣いでゆうゆう暮らせるから、ニートと言っても、デブになるには相当苦労する。

営業、SE、飲食店、小規模経営者にはデブが多い。みんな苦労してでぶになっている。デブになるには並大抵の努力ではなれない。

僕は120kgになった時月300時間残業していた。毎日立ち食い蕎麦と牛丼食っていた。しかし,僕は人生をどうできただろうか。新潟からでてきて3年浪人して途中入社でなんとか自分の人生を切り開こうと人の何倍も苦労する他無かった。客先で泣くほど怒られ続けて退社時間に開放されて、家に向かうサラリーマンたちと逆方向に会社に帰る。一回同僚に駅ですれ違った「飛び込むなよ」と言われた。

食事指導なんて大嫌いだ

たいてい、食事指導をする先生はお痩せになっている。自分も太りやすいから腹八分目を守って努力しているという。嘘だろう。

「腹八分目」というのはマジックワードだ。痩せていれば「=腹八分目」、痩せていなければ「=食い過ぎ」なのだ。痩せている人間が使えばデブは木っ端微塵だ。「努力しています」などと行っても「努力が足りない」と言い放たれる。そして血糖値が下がらなくなったらインスリン買わせられる。

「毎朝1駅分歩きなさい、キャベツを先に食べると満腹になる、一口ごとに箸置きに箸置くと痩せる、食べたらすぐにウオーキングすると長生きできる」所で先生はやっているんですか? いいえ、私は健康だからしなくとも大丈夫。

食事指導

安心するが良い、年取れば、みんな癌か脳溢血か心筋梗塞だろうさ。統計的には私達は「何種類もの薬を飲んで検査値を正常(=健康)にして、やがて同じような手術を繰り返しながら。輸液・経管・胃瘻の辛い余命を生きて」孤独に死ぬのだ。

医師の言うとおりの食事をしていれば「そうなる」ことは太鼓判付きである。年寄りを施設に隠すことで自分が年取る事を学べなくなってしまう。医学の実現する不老不死の正体である。

同じような手術:「口内炎ー>胃潰瘍、ポリープー>胃ガン・その他消化器のガン、気管支炎ー>肺炎、水虫ー>壊死壊疽」多くの疾患は共通の根を持つ。簡単にポリープとったと言った所で問題はポリープの生まれる環境である。ガンも転移すると言うが、身体の環境がガンを同時多発させているのだ。問題は「身体というコロニー」がどういう状況だとつつがなく寿命を迎えられるかである。

僕はまっぴらだから今日も自分で素材から食事を作る。

素材の持っている「生命=脂質の膜に覆われた数億のタンパク質の溶け込んだ水溶液」を自分の身体というコロニーに受け入れる。

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昨日のニラと鶏肉の煮込み、今朝焼いた鮭・塩サバ・ヒラメ、うちで作った梅干しご飯は80g味噌汁は野菜たっぷり。実に美味しい。決して売っていないから自分で作らなければならない。

「商品化された食事」はコストを重視するから「乾燥・抽出・濃縮」工程を通る。生命のミイラのようなものだ。

欠乏症に勝利した医学は、欠乏症のメソッドで食品を分析して、抽出した栄養素の過不足で生活習慣病と言う検査値の異常と、「災厄」が起こると考えている。

僕は違うと思う。

岡田正彦に代表される医師の傲慢

「人はなぜ太るのか:岩波書店 2006年」と言う本がある。中身は当たり前の医者が思いつくことと、それを裏打ちする食事調査からの白衣の妄言とでも言う内容だ。しかし、問題は最後の2行である。僕はこういう考え方を許すことは出来ない。まさに今の生活習慣病への恐怖は「専門家(=商売人)」が作っているのだ。

.....そんなわけで、原稿を書くときはいつも緊張の連続となる。そのせいか筆者はやせていてちょっぴり太りたいと思っている。

僕はものすごく怒っている。この本を見るたびに医師の傲慢さを感じる。デブは緊張していないのか?のうのうと豚のように餌食っているだけなのか?

この輩は大学の教授で「こんな本(どこぞの論文を引用して、適当にコメントする程度のものだ)」書くだけで印税もらえるし、大学の教授職というのは安い給料ではない。

何ら実績を出せなくとも何も困らない。これだけ肥満で苦しんでいる人がいるのに、デブなのはデブのせいに押し付けて自分はお偉いから痩せているそうだ。

僕はものすごく嫌いだ、うちの本棚の中で一番嫌いな本だ。「文句があるなら俺を殺しに来い!」と言ってやりたい

しかし、多くの医者は似たものだ。

もちろん、そんな医師の言うことを喜んで聞く私達の奴隷根性こそが問題ではある。

とは言っても、こういう医者たちもみんな一緒に辛い人生の終りを迎える。少なくとも統計的にはではあるが。

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僕のスタディでは肥満に関するものが多い、生命科学への入り口でもあった。とてもいいことに僕は肥満しているので実験ができる。2016年以降80kgから100kgまで体重が変動した。実験のおかげである(笑)。

父母の逝去や色々ないざこざで酒が止められなくなったこともある。まさに検査値とはその人の人生が映し出されたものだ。デブ(BMIの異常)は単に一つの検査値でしか無い。


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幸運な病のレシピ
厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。