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愛のアート
いつかクスリでトリップしてたとき、買い置きしてあった水性ペンキで部屋中を塗りたくなった。赤、白、緑、青、オレンジ、水性ペンキにはその五色があって、何色かを組み合わせて模様みたいなものを描くこともできたけど、絵心がないし、単色で塗りあげることにした。カーテンが緑色だったのでそれに合わせることに決めた。壁、窓の桟、天井、クロゼット、バスルームのドア、きれいに塗り上げるためには集中力が必要だった。だからクスリの量を増やした。しばらくして緑の部屋は無事完成したけど、完成したと同時に集中のために摂ったクスリがガンガンに効き出して、私は手に持っていた刷毛を床に落として、何か叫んだ。
手を見るとペンキで汚れた人差し指の先から光線が出ていた。緑の光線だった。私はワハハと笑い、気がつくと部屋を出て近くの公園を抜けて幹線道路を歩いていた。
信号待ちをしていた濃紺のBMWがふと目に入った。私は緑の光線を試しに誰かに浴びせたいと思っていた。BMWのドライバーは銀髪をオールバックにした初老の紳士で、標的にちょうどいいと思われた。私は横断歩道の途中で立ち止まりその車に近づいていった。紳士はぎょっとした表情でこちらを見つめた。ピカピカに磨かれたバンパーに足をかけて一気にボンネットに上がった。それからフロントガラス越しにその紳士めがけて手を銃のかたちにして緑の光線を放った。紳士は額に汗をかき苦笑いしながら降参とでも言うようにハンドルから離した手を耳の横にかざした。私は嬉しくなり何度も緑の光線を放ちそのままボンネットから降りなかったためBMWは動くことができず渋滞が発生した。やがて警察がやってきた。
「お嬢さん、何してるの?」
警官がパトカーから降りて来てそう聞いた。
「見ればわかるでしょ、緑の光線を撃っているのよ、あなたにも浴びせてあげましょうか」
「わかった、わかった、でも危ないからとりあえずそこから降りようか」
警官は車が傷つかないように注意して私の手首だけを上手につかんだ。するとさっきまで輝いて見えていた光線は消えてしまった。私はボンネットから降りた。
「お嬢さん、何してたの?光線なんてどこにも見えないよ」
「うん、消えちゃったみたい」
「ちょっとこっちに来てくれる?」
私は目の瞳孔を検査された。私が摂ったクスリは瞳孔を開かせる類のものではなかった。名前と住所と生年月日を聞かれ、警官はそうかそうかまだ若いんだねと言って優しげに私の肩を抱いた。
パトカーに乗せられて警察署に行き取り調べを受けた後保健所の人間が来てカウンセリングがおこなわれた。私は自分の部屋を緑色に塗ったことは話したがクスリのことは話さなかった。
「そうか、指の先から光線が出てたのか、そういうことは時々あるの」
「初めてです」
「精神科への入院歴があるね」
「はい」
「今も何か病気を患っているのかな」
「もう治りました」
「前はどんな病気だったの」
「躁うつです」
詳細を全部知っているくせにカウンセラーは意地悪く質問する。私はああまたあの世界に逆戻りするのかと思った。
「躁うつ病?こちらの資料には統合失調症って記されてるんだけど」
「そうですか」
「クスリ飲んでますか?」
わたしはあのクスリのことかと思い、ビクッとした。だがカウンセラーのいうクスリとは統合失調症の処方薬のことだった。
「治ったので、もう飲んでません」
「統合失調症に完治というものはないよ、クスリ、飲み続けなければダメだよ。とりあえず、あなたには上村病院に入院してもらいます。病院側の許可が取れたのでこれから行きます」
そうして私はまたあの世界に戻ることになった。
拘束衣を着せられ、きつい睡眠剤を打たれた。精神科の閉鎖病棟の保護室の天井は緑色ではなくくすんだ灰色だった。三十六時間以上眠った後、看護師がお粥とほうじ茶を持ってきた。私は味の薄いお粥をすすりながら泣こうとしたが涙は出なかった。
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