「本のある暮らしーその7」猫の書店@BookHiroshima #note
とても美しい猫がいた。確か東北地方だったと思うが、小さな新刊書店に営業で訪れた。随分と前のことだけれど、すでに出版不況と呼ばれて久しい時期であった。店を入ると出迎えてくれたのは、小さくてきれいな猫の大きな鳴き声だった。店内があまり明るくなくて音楽もラジオも流れていなかったので、余計に猫の声が響いたような気がしたのかもしれない。
新刊書店の流通システムが優れているのは、どの場所にあってもきちんと雑誌や書籍が届く点である。もちろん、雑誌は1日遅れであったり新刊もごく一部のものしか配本されない場合もあるだろうけれど、とにもかくにも届く。大書店と同じ本が同じ値段で売られるように届く。
猫店長がいたこの店の真の店長がどなたかはわからなかったけれど、私のつたない営業の相手をしてくださったのはおばあさんであった。その時、おばあさんはお昼ご飯を食べていた。お茶漬けとお漬物だった。午後一時を過ぎていたけれど、車での外回りの常で、ついついお昼ご飯時を逃してしまっていたので大層うまそうに思った。お食事をされていた部屋と書店はつながっている。ふすまを閉めると分断されるが、営業中ふすまは解放されているのであろう。ただ、猫が店に入らないように網がある。記憶ではとても低い網だったように思うが、それなりの高さがないと猫は飛び越えてくるはずなので、割と高かったのかもしれない。
「ちょっと待っていてくださいね」とおばあさんはお茶漬けを食べ終えた。私は店内の棚を見ていた。私は当時出版社から委託されて書店を廻って受注をする書店営業代行員という立場であった。「営業さんが来ることなんかないからねえ」とおばあさんは微笑んでくださった。別に営業に来たのがうれしそうな感じではなく、私の立場を慮ってくださった感じであった。これまで全国の書店をくまなく廻ってきた。すべての書店とまでは言わないが、かなりの書店数になるはずである。私の営業はお伝えすることだけをお伝えして、あとは余計な話を一切せずそそくさ退店するという味気のないものであるが、極まれにもう少しこの店にいたいと思う時がある。この猫店長書店もそうだった。書店に限らず長年店を続けられるのは、地域の方が買って守っているからに他ならない。おばあさんはとてもにこやかで豊かな方であった。そこを出たわたしも豊かになった。
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