仏教に学ぶ生き方、考え方「メガネ」
プールに通うようになってゴーグルを三つ変えました。
最初のゴーグルはすぐに「曇る」グラスで一回ごとにプールの水で洗わないといけませんでした。
二個目は、遺品整理のときに出てきたもので、「クリア」に水中が見渡せ曇りも少ないものでした。
そして最近、競泳選手も使うようなレース用のゴーグルを買ってしまいました。
軽くて曇りもありませんが「視野」が若干狭いです。
また法要のときも、小さな字の経本を読むときには、「老眼鏡」をかけております。
もともと乱視はあったのですが、細かい字は滲んで見えにくくなってきたので「百均」で調達したものです。
私は普段の生活ではメガネをしておりませんが、いろいろな場面で適したメガネを使うことで、生活が「よりよく」なっていることはありがたいことです。
そして仏教も、人の心をクッキリと「見やすくさせるもの」であってほしいと思うのです。
親鸞聖人は亡くなってどこに行くのか分からない心を「後生暗い心」とおっしゃいました。
そしてどう考え、どう生きていけばいいのか分からない心を「無明」と言われました。
それはまるで「曇ったメガネ」をかけているようなものだと思います。
我が心をクッキリ見渡せるような「教え」を身に付けていたいものです。
☆今日の一句☆
人生は
見え方一つで
変わるもの