鈴本演芸場の寄席配信を見逃すのもったいないから勝手に呼び込みやっちゃうよ
去年、週刊新潮のマイオンリーという趣味紹介欄に声をかけていただいた。「ガーデニングと寄席通いにはまっています。どちらもエンゲイですね」と言うと、「では、趣味は『エンゲイ』ということで」と言葉遊びで両方紹介させてもらった。
どっちのエンゲイのこともnoteで書きそびれてたけど、まずは演芸の話題を。
寄席は「お楽しみ袋」
東京には落語定席(常設の寄席)が4つある。上野の鈴本演芸場、新宿末廣亭、池袋演芸場、浅草演芸ホール。上席(1〜10日)、中席(11日〜20日)、下席(21日〜30日)と10日ごとに区切り、さらに昼の部と夜の部に分け、顔付け(出演者)を変えて寄席が開かれている。
お目当てをたっぷり聴く落語会と違い、芸人さんが入れ替わり立ち替わり、短い出番をつないでいく寄席は「お楽しみ袋」(と大阪育ちのわたしは呼んでしまうが、東京では「福袋」と呼ぶ)みたいだ。漫才や漫談、紙切りや太神楽や奇術や動物鳴き真似など、落語と色物が百花繚乱入り乱れるさまは、色とりどり形まちまちなグッズが詰め合わされたお楽しみ袋のウキウキしたにぎやかさに通じる。
顔付けは発表されているから、「誰が出る」かはわかるが、「何をやる」かは行ってみないとわからない。袋の外から中が少しのぞけるけど、大きさや手触りは確かめられない感じ。落語の場合、持ちネタの中からどの噺をかけるか、他の芸人さんからの流れで候補を絞り込み(同じ噺はもちろん、似たような噺も避ける)、高座に上がってマクラでお客さんの反応を探りながら決める噺家さんも多い。
その場の空気と作り上げる一期一会の生もの。まさに、開けてみてのお楽しみ。
同じ噺をかけても、客席の反応によって「こんなに面白い噺だったっけ」と儲けた気持ちになることもあれば、逆もある。同じ木戸銭でも回によって当たり外れがあるのもお楽しみ袋に似ている。
お楽しみ袋大好きな子どもだったわたしは、寄席大好きな大人になった。
時間が空くと、「今、どこで何やってるかな」と顔付を見比べ、お目当てを見つけると、その寄席へ向かう。芸人さんの入れ替わりのタイミングで客席への出入りも自由。好きなときに、ふらっと行ける。お目当てを楽しみにしつつ、初めての芸人さんを知り、「追いかけたい人がまたできて、困るわあ」とにやける。そして、寄席の余韻が残る帰り道、花屋で苗を買い、庭いじりをしながら寄席で知った噺家さんの落語をYouTubeなんかで聴く。その噺家さんの出演情報を調べて、次の寄席に足を運ぶ。
そんなエンゲイ三昧の生活がこの春、一変した。
春風亭一之輔師匠の10日連続落語生配信
演劇に比べれば、落語はだいぶ踏ん張った。それでも、落語会が一つ、また一つ、中止や延期になり、寄席も閉じて行った。
生活から「生」の落語が消え、どっとふえた「配信」を追いかけた。
後援会に入ると、会員価格で見られるもの(橘家文蔵師匠の「文蔵組」に入った)。
zoomのウェビナーを使って、アンケートに答えたり、お見送りのときだけミュートを解除して噺家さんに挨拶できるもの。
落語よりトークを配信しているもの(柳家わさび師匠のYouTubeチャンネル「わさびのチューブ」)。
観客がアバターで表示され、投げ銭をすると、ダルマや風呂敷包みが飛び交い、額に応じて上がっていけるのがシュールな(古今亭菊志ん師匠のSHOWROOM配信)。
配信には、生ものとは別物な楽しさと物珍しさがあった。日本全国さらには海外からも楽しめるのもいい。客だけでなく出演者にも移動の壁がなくなり、東西の噺家さんが地元に居ながら共演できる。アーカイブを残してくれると、時間の壁もなくなる。
日銭を稼ぐためにという人、芸が鈍らないようにという人、この機会に顔を売ろうという人、配信なるものをとにかくやってみようという人、生の高座に上がれない日がいつまで続くかわからない中、それぞれの噺家さんが探りながら配信をやっているのがうかがえた。
4月の末、落語友とビデオチャットで盛り上がった。話題の中心は、春風亭一之輔師匠の生配信。鈴本演芸場でトリを務める予定だった四月下席の10日間、鈴本の高座に上がるはずだった20:10頃からYouTubeの春風亭一之輔チャンネルでトリの噺を配信していた。その八夜目を聴き終えてのオンライン井戸端会議だった。
毎夜、約一万人がライブで視聴し、チャット欄には流れに目が追いつかないほどの書き込みが溢れていた。五夜目、六夜目は投げ銭もでき(スーパーチャット、略してスパチャ)、何万円という太っ腹が続出。ご祝儀の景気づけもあったと思うが、間を置かずに投げ込まれる金額に落語を愛する同志の存在を感じて気分が高揚するのは、ミニシアター・エイド基金の金額の伸びにときめくのと似ていた。
五夜目だったか、噺の中盤でチャットに「スパチャ30万円越え!」と書き込みがあった。鈴本の木戸銭3千円×100人分に相当する金額。鈴本の定員が285席だそうだから、満員御礼なら85万5千円。その額をスパチャで稼げる可能性があるのかと驚いた。
七夜目、八夜目は投げ銭なし。「気まぐれでやってますけど、出したかったらどうぞ」な媚びてない感じが粋だった。落語友たちと「気持ちよくお金を出させるのも芸だね」とLINE画面越しにうなずきあった。
九夜目に投げ銭が復活。二日の間に溜まった投げ銭欲の発散と、一夜目から九夜目までの配信会場となった神保町の「らくごカフェ」さんへの応援があいまって、スパチャはさらに勢いづいた。
鈴本演芸場チャンネルの心意気
千秋楽は鈴本演芸場から配信。トリの一人のために開かれた鈴本で、一之輔師匠は自粛を余儀なくされている芸人たちの分も気を吐いているように感じられた。
一之輔師匠の熱に応えて、スパチャも熱かった。これは「買い支え」なんだなと思った。応援したい企業を、商品やサービスを購入することによって支えるように、配信に投げ銭をすることで寄席文化を支えられる。その手立てと手応えを知った。
課金にも壁があるらしく(YouTubeの場合は、チャンネル登録数1000以上、過去12が月の公開動画の総再生時間4000時間以上)、課金したくてもできなかったり、先行投資のつもりで無料配信している芸人さんも多いけれど、「無料で消費できるコンテンツに慣れちゃいけない」と心得た。と同時に、「配信でお金を取るには、それに見合った内容と心意気がないと」と感じた。
あっちも配信こっちも配信で飽和しつつあった6月、鈴本演芸場が「鈴本演芸場チャンネル」を開設し、配信で寄席を打つことになった。
生で開催できなかった興行を6月の土日にライブ配信で届けようという心意気。声もトークも抜群に聞きやすい「若旦那」の言葉を聞いていただくと、話が早い。
配信としてはかなり遅いスタートだけど、他の配信の試行錯誤や右往左往を見てきた上で見ると、鈴本演芸場チャンネルの寄席配信は良くできている。寄席が恋しい常連さんには、独特のあの空気を届けつつ、寄席に行ったことのない一見さんには、とっつきやすさと風通しを確保している。
寄席と同じように芸人さんが出たり入ったりするし、仲入り(休憩)もある。その仲入りに芸人さんと若旦那のトークを聴かせてくれるのが心憎い。客のいない客席に、普段そこに座ることのない芸人さんを迎え、若旦那がほど良い距離感の親しみと芸への敬愛を込めて和やかに話を引き出す。毎回、話がのってきて、もっと聴きたいところで時間切れになる。トークだけをまとめて聞きたくなるくらい、それぞれの芸人さんにより興味が募る名インタビューになっている。寄席に親しみのない方は、仲入りトークから聴いてみるのもいいかもしれない。熱いお湯につかる前の、かけ湯みたいな感じで。
次々と人が変わるから、芸人さんの名前のテロップが入るのもありがたい。カメラを引くと、名前を書いた「めくり」が入るが、カメラが寄ると、「この人誰?」となる。芸人さんの顔と名前が一致するのはとても大事。
各回の配信の説明欄には「開始から何時間何分何秒にどの出演者が何をやる」ということを記してくれ、頭出しできるようになっている。生配信後に再生してタイムコードを振ってあるのだ。「名前を聞いたことある芸人さん」「タイトルで気になっている噺」を見つけてつかまえるのにとても便利。お目当てだけを聴く、お目当てから聴く、変則的な楽しみ方もできる。「ちょっと早送り」や「ちょっと巻き戻し」がピタッと思い通りのところに行けなくて「キーッ」とならずに済むストレスフリー設計。もちろん、本来の寄席の「次は何が出るかお楽しみ」を味わいたい派は、頭から順番に追いかけられる。
若旦那の経歴は存じ上げないが、「誰に向けて?」や「なぜ今?」への目配りが感じられ、わたしがかつて身を置いていた広告業界のにおいを感じる。配信を受け取る人たちの顔を思い浮かべて、「普段の寄席には来ないお客さん」も取り込みつつ、お客さんも芸人さんも満足できる形を探ったのではと思われる。
芸人応援チケットが買えなくて(汗)
配信を無料にして「芸人応援チケット」を取り入れたのも、間口を広げつつ、買い支えできる仕組みになっている。芸人応援チケットは、
✔︎一枚千円で何枚でも購入できる
✔︎売り上げを生配信出演料に充てる
✔︎購入時の手数料は無料
✔︎鈴本演芸場再開後に「入場料金五百円引き券」として使える(特別興行は除く)
となっていて、「お客さんの応援の気持ちを、できるだけ芸人さんに届けたい」と考えてこの形になったのかなと想像させる。
そこはとても良いのだけれど、この芸人応援チケットがなかなか買えない。
まず、購入ページに辿り着くまでが遠い。鈴本演芸場のトップページからポンと飛べない。各回ごとに応援チケットが設定されている(その回に出演した芸人さんへの応援に充てられるため)ので、まずは、各回のページに飛び、そこから購入ページに飛ぶことになる。
会員登録せずに購入もできるが、複数回の応援チケットを購入するならと「会員登録」を試みたところ、登録に手間取り、ログインに手間取り、何度かくじけそうになった。すんなりできる人はすんなりいくのだろうけれど、中にはわたしのようなうっかり者がいて、「設定したばかりのパスワードでなぜか入れない」ゆえに購入手続きに進むのを諦めてしまうかもしれない。
そして、支払い期限が短い。購入してセブンイレブンで支払うのだが、日曜日に購入して、火曜日いっぱいが期限となっていた(その後改善されたかも。未確認)。近所にセブンイレブンがない人、わたしのように「PayPayで」と言ったら「現金のみです」と言われて出直すことになるスットコドッコイには、さらに遠回りになる。
そんなわけで、購入を完了させて応援チケットを手にするまでには数々のトラップを乗り越えなくてはならないのだが、分母を大きくするべく、「チケット購入ページへの近道」と「生配信のアーカイブ埋め込み」を各回ごとにまとめ、目次から各回へ飛べるようにした。
若旦那の心意気が詰まった寄席配信。一人でも多くの人にお楽しみ袋を開けて、寄席の雰囲気を知って欲しい。芸人さんを知って欲しい。
そして、応援の気持ちが迷子になることなく芸人さんに届いて欲しい。
各回の見所も書き添えたいけど、アーカイブの公開が7月いっぱいらしいので、少しでも早く、出会うべき人に届け!
以下、配信日順に。
主任 古今亭菊之丞 四月下席 昼の部
主任 春風亭一之輔 四月下席 夜の部
主任 隅田川馬石 六月上席 夜の部
主任 林家正蔵 五月上席 昼の部
主任 柳家権太楼 五月上席 夜の部
主任 春風亭一朝 六月中席 昼の部
主任 入船亭扇辰 六月中席 夜の部
真打昇進襲名披露興行 三月下席 昼の部
真打昇進襲名披露興行 三月下席 夜の部
主任 柳家小ゑん 四月中席 昼の部
主任 金原亭馬玉 四月中席 夜の部
主任 古今亭志ん輔 五月中席 昼の部
主任 桃月庵白酒 五月中席 夜の部
主任 柳家喬太郎 五月下席 昼の部
主任 金原亭馬治 五月下席 夜の部
ところで、「noteで誰か鈴本のこと書いてるかな?」と調べたら、最終日の6/28配信回に出演された二つ目なりたての林家彦三さんが「上野から、配信」と題して書かれていた。彦三さんは仲入りトークにも古今亭志ん輔師匠とともに出演。話を聞く姿勢がとても清々しく、好感が持てた。出身は福島で、トークにも福島愛が溢れていたが、「兵庫船」の関西言葉もなかなかのもの。これからどんどん吸収していく人ではと期待が膨らむ。他のnoteも読ませる。
ノートのすみっこを、お借りして、ばたばたとつくった、雨やどりのような、ホームページです。こちらでスケジュールなども、報告させていただきます。 *しかられながら、いんすたぐらむをはじめています。 https://www.instagram.com/hikoza_hayashiya/
このプロフィールだけを読んでも、言葉選びにセンスを感じる。「雨やどりのような」がいいね。
同じく6/28配信の日の昼の部、こちらも二つ目なりたての三遊亭ぐんまさんは、高校のレスリング部での実話を元にした新作落語を披露し、座布団相手にバックドロップを決めた。この人のエッセイ「お江戸のぐんま」もかなり面白い。
噺家としても、書き手としても追いかけたくなる二人を見つけ、寄席に行く楽しみがふえた。
今日の掘り出し原稿は、冒頭で紹介した週刊新潮のマイオンリー欄から書き出しと中盤と締めを抜き書きで。
エンゲイが趣味だと言うと、「どっちの?」と聞かれる。「どっちも」と答える。
枝雀落語をラジオで聞いて育ち、勤めていた広告代理店の社長は落研出身。
園芸と演芸。どちらも根多(ネタ)が花を咲かせる。
声をかけてくれた週刊新潮の編集者さんに「noteに書きました」とお知らせしたら、「マイオンリーは終了しました。あるうちに出てもらえて良かった」とのこと。わたしはあの欄をきっかけにエンゲイに本腰を入れるようになった。良い根多をいただき、感謝。
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。