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【感想】劇場映画『ラストマイル』
野木亜紀子の脚本
ヤマザキではなくヤマサキ
このギミックが出てきたとき思わずニヤリとしてしまった『アンナチュラル』『MIU404』のファンも多かったに違いない。
このシリーズはずっと「名前」というモチーフで貫かれてきた。
『アンナチュラル』の第1話はタイトルからして「名前のない毒」なわけだが、その冒頭まさにドラマが始まった第一声の会話がこちら。
ミコト「名前?」
東海林「そう、問題は名前」
このシーン自体は花粉症や化学物質過敏症というそれっぽい具体例を交えながら合コンを「異性間交流会」と呼びたいというコミカルなシーンなのだけど、ラストで三澄ミコトは元々は雨宮ミコトで養子に入って苗字が変わったらしいという謎への伏線にもなっていた。
そして『MIU404』には本名不明のヴィランとして久住(菅田将暉)が登場。
MIU404(9/4):最終回。これは…ダークナイト×ウォッチメン!各話で度々語られてきた「この物語は2019年の出来事である」という伏線も遂に回収。あれは夢オチではなく選択やifのモチーフ。久住の描写で出てきた「本当の名前」という台詞が『アンナチュラル』の第1話と繋がる。 https://t.co/p9wWQD9AwX
— 林昌弘,Masahiro Hayashi (@masahiro884) September 4, 2020
最終話でも身分は明らかにならず。
身分・名前という点では本作の真犯人は戸籍を買って正体を偽っていた。
石川慶監督の『ある男』や最近だとNetflixの『地面師たち』にも通じるギミック。
本作ではそれを見破るのがアンナチュラルのUDIラボというロジカルかつファンサービスに満ちた脚本がニクい。
『アンナチュラル』『MIU404』と同じく本作も凸凹バディもの。
ただ、実はその2作品よりも『フェンス』に近いのではないかという気がした。
というのも
バディの片方は物語序盤で外からやってくる
その人物は真の目的を隠している
その“土地”のルール・風習を壊そうとする(作劇上はその過程がドラマとして機能する)
ただし『フェンス』のキー(松岡茉優)が沖縄の基地問題の闇を暴く善として機能していたのに比べると、今作のエレナ(満島ひかり)は未曾有の事態を前にしてもあくまで自社のビジネスを止める気は毛頭ないという半ば悪として描かれている。
特に羊急便という劇中の運送会社を徹底的に安く買い叩く様は感情移入し難い。
(もちろんこれらの要素の積み重ねがミスリードの布石になっているのだが)
雑誌『CUT』のインタビューで野木亜紀子が自ら
「あの展開も映画だからできることだと思います。ドラマでは、主人公が嫌われたら翌週は観てもらえなくなるじゃないですか。映画なら、『え?』と思うような瞬間があっても最後まで観てもらえる。それはいいなと思いましたね」
と語っていて興味深い。
また、本作が明らかにAmazonをモデルとするネット通販を舞台にして資本主義をはじめとする現代社会のシステムに批判的・批評的な目線を向けているのも見逃せない。
これまでにも野木亜紀子作品にはこの社会のシステムの中で苦しむ人やこぼれ落ちてしまった人が描かれてきた。
本作にも冒頭のバスとタクシーの対比や上層部から現場・末端までを順に見せる描写で資本主義を描いている。
ただ、本作は小さな市民が団結して資本主義システムをひっくり返すとかそういう話ではない。
DAILY FAST社は多少の損害は被ったものの普通に事業継続しているし、運送会社には劇中でも言われていたように多少の運送料値上げのみ。
倉庫では変わらず多くの派遣社員が働き、ドライバーの処遇・生活も別に劇的には改善しないだろう。
なので批判“的”ではあるのだけど着地点はやっぱり難しいよねという印象だった。
そういう意味では2月に公開された『ダム・マネー ウォール街を狙え!』と鑑賞後感が近いかも。
これも資本主義(株式市場)そのものは否定しておらず、団結した個人投資家がそれを利用する話だった。
Amazonへの批評性という点では『ノマドランド』や『ザ・キラー』も思い浮かぶ。
前者はAmazonの倉庫で働く描写が出てくるし、後者はAmazonで「そんな物まで買えるの!?」なある物を買うシーンがある。
楡周平の小説との類似性
さて、そんな物流を題材とするサスペンス・ミステリーにはエンタメの世界には偉大な先駆者がいる。
小説家の楡周平だ。
物流を得意とする経済小説のトップランナーの1人。
まずは2016年出版、世界最大のネット通販サイトのスイフト社に安く叩かれるコンゴウ陸送を舞台にした『ドッグファイト』
あるビジネスモデルを思い付いたコンゴウ陸送がスイフトに一泡吹かせるクライマックスが痛快な作品でした。
『ラストマイル』で例えるなら羊急便の八木(阿部サダヲ)が主人公。
そして2018年出版、配送中の宅配便が次々に爆発するテロが起こり物流が大混乱、これまた世界最大のネット通販サイトのスロット社が追い込まれる『バルス』
『ラストマイル』とプロットは非常に似ている。
ただし、こちらが個人で出す宅配便に爆弾を仕込む方法だったのに対して『ラストマイル』は「システム化されたネット通販から配送される荷物にどうやって爆弾を仕込むのか?」というもう一段複雑なトリック。
倉庫で働く派遣社員の視点から描かれているのも特徴。
非正規雇用に関するデモがクライマックスに据えられており、前述の資本主義や格差社会というテーマに対してより真正面からボールを投げている。
ただ、2022年の安倍元首相の暗殺テロを経た今となっては終盤の展開に引っかかりを覚えてしまうのも事実ではある。
そういう意味では『ラストマイル』の方がスルッと見やすい親切設計。
さらに2009年まで遡れば『ラスト ワン マイル』というタイトルの小説がw
※念のため書くが、これらは物流を題材とするフィクションの接続という観点であり盗作の指摘ではない(『ラストマイル』を面白いと思った人で『アンナチュラル』『MIU404』を遡って観る人はいても楡周平に辿り着ける人は少なそうだと感じたのでこうして書いたまで)
上記3冊を紹介するリンクがAmazonになったのは何とも皮肉だ…
(色々候補はあったけど結局AmazonのURLを貼るのが一番丸いと“陥落”しました)
塚原あゆ子監督の演出
最後に、やはり映画は監督のものということで塚原あゆ子監督にも少しだけ触れておく。
正直テレビドラマ以上に手堅く職人に徹している印象で、色が出ているとはあまり感じなかった。
まぁちょうど同じ日に石井岳龍監督の『箱男』を観たのもあるw
これはこれでクレイジーすぎるけどねw
そんな中、あの巨大倉庫の撮り方もとい空間演出は良かった。
塚原「8ヵ所の倉庫を組み合わせて撮りました。映像ではひとつの倉庫に見えますよね?」
-見えました!
新井「あるシーンがネックになって、どこも断られてしまったんですが、トラスコという会社さんだけが『なんでもやっちゃって』と撮影を快諾してくださったんです」
倉庫内を走るシーンでカメラが横移動するし、棚を使って画面内にレイヤーも作れる。
『石子と羽男』の弁護士事務所のシーンでも見られた立体感のある画面設計。
『石子と羽男』では炸裂していた色彩演出はエレナ(満島ひかり)が真っ赤なコートで現れた瞬間は期待したんだけど…そこがピークだったかな。
野木亜紀子の脚本を丁寧に映像に起こすことに注力したという印象でした。
あのシナリオの面白さを損なうことなくスピーディーな作劇で魅せる。
やっぱりそこの信頼度よな。
最後ちょっと腐す感じになっちゃいましたが、別に「もう観ない」とかでは全然なくて今後控えてる塚原あゆ子監督の作品は非常に楽しみにしております。