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【感想】HBO×A24ドラマ『シンパサイザー』

  • HBOとA24の共同製作

  • ショーランナーはパク・チャヌク

  • 原作はピュリッツァー賞とアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞した傑作小説

  • ロバート・ダウニー・Jr.が重要な役どころで出演

  • エピソード監督の中にはフェルナンド・メイレレスの名前

これだけ条件が揃って、しかも北米放送の時点で絶賛が相次いでいるとなればU-NEXTで日本配信されたら観ないわけにはいかない。

信頼できない語り手

原作はヴィエト・タン・ウェンの同名小説

ちなみに続編も出版されているが今回のドラマにはそちらの要素は盛り込まれていない。

基本的には原作と概ね同じプロットで進むのだが、ドラマ版はそもそもの構造を脚色している。
原作も囚われの身となった主人公が司令官に向けて書いている手記という設定の文章ではあるのだが、ドラマ版ではその司令官を明確に登場させて主人公と会話させることでその構造をより際立たせている。
ドラマの大半のシーンは司令官が今読んでいる主人公の手記もしくはその場で主人公が補足説明している回想というわけ。
なので話の途中で司令官からストップがかかるという演出もw
「この場面は俺は直接目撃してないから想像なんだけどね」という第四の壁を破る台詞も面白かったw
原作よりも少しだけコメディタッチ。

しかもその語り手である主人公はどうも記憶・精神が混沌としている。
ここのニュアンスは原作とは微妙に異なるものに改変。
物語の立脚点が不安定な上に、そこに二重スパイの設定も乗っかってくるから鑑賞中どんどん頭がクラクラしてくる。
幽霊も出るしw

あと「あ、書き忘れていたシーンがあった」みたいなノリで時間が巻き戻る演出は原作には無い。
あの脱線のやり口は佐藤正午の小説『鳩の撃退法』を思い出した。

パク・チャヌク

そんな本作の全話脚本および第1〜3話の演出を務めたのが韓国の巨匠であるパク・チャヌク

昨年のインタビューでApple TV+の『窓際のスパイ』を絶賛している辺り御大はスパイものに夢中なのでしょうか。

――最初に『別れる決心』がいろんな人の年間ベスト映画に入っているという話をしましたが、あなた自身が2022年に観た映画やテレビシリーズで、一番心に残ってる作品はなんですか?

「うーん……2つ挙げていいなら、『セヴェランス』と『窓際のスパイ』ですね」

https://moviewalker.jp/news/article/1122398/p2

ちなみに『窓際のスパイ』は私も大好きです。
9/4(水)からシーズン4が配信予定ですね。

言われてみればカンヌ国際映画祭2022で監督賞を獲得した『別れる決心』も洗練された語り口に惚れ惚れしている内に「何が真実なのか?」とクラクラしてくるような作品だった。

第1〜3話ではパク・チャヌク節というべき演出が炸裂

  • ズームイン/アウトをはじめとする独特なカメラワーク

  • 突如挟まれる主観ショット

  • 鏡を使った構図

  • 丸や円のモチーフを用いた編集トランジション(HBOのロゴのOをああいう風に使うとは!)

  • セックスとバイオレンス(特に後者の新境地というべき第1話ラストのサイゴン陥落シークエンス)

からの第2話冒頭の編集も面白いんだよな。
とにかく全編「あぁ〜パク・チャヌクの撮った映像を今俺は観てるわぁ」としか言いようがない幸福感を味わえる。

原作から抽出されたベトナム戦争、ひいてはアメリカにおけるベトナム人という設定・テーマも韓国とハリウッドを行き来してきたこの人のキャリアを鑑みると興味深い。

ロバート・ダウニー・Jr.

本作のハイライトの1つは一人四役を演じたロバート・ダウニー・Jr.が一堂に会する第3話の終盤。
あのシーンのカオスっぷりはヤバいw

主演より先に決まったというリーク報道が3年前に出てるけど、パク・チャヌクはあの一人四役を何としてでも撮りたかったのだろうかw

ちなみに厳密には最終話のあの人も合わせて一人五役…?w

『オッペンハイマー』然りMCU卒業してからの仕事の選び方が面白い。

フェルナンド・メイレレス

第4話はパク・チャヌクからバトンを受け取る形でブラジルの巨匠のフェルナンド・メイレレスが演出を担当している。
最近ではApple TV+の『シュガー』も記憶に新しい。

これは凄まじい怪作だった。

どちらも作風が確立した巨匠なのでパク・チャヌクと似たテイストで撮るわけないのは観る前から分かってたわけだが、それにしたってもう笑っちゃうほどガラッと変わる。

特にカット割りのテンポが一気にアップ。
パク・チャヌクはカメラをパンやズームしながらじっくり長めに回すカットも多かったが、フェルナンド・メイレレスはもっと軽やか。
僕はスピーディーなカット割りの方が好みなとで嬉しかった。

第4話は映画作りのお話。
ベトナム戦争を題材にした映画といえば燦然と輝く金字塔があるが、原作もまさにそれをイメージしているそう。

ちなみに、この監督はフランシス・フォード・コッポラがモデルで、映画『地獄の黙示録』が作られたときのエピソードが活用されている

ヴィエト・タン・ウェン著,上岡伸雄=訳,シンパサイザー,早川書房,P.491

※上は訳者あとがきの引用だが、著者自身も謝辞の中で明言

ドラマ版も風刺コメディとして非常に秀逸。
あのハリウッド風刺を

  1. ベトナム人の原作

  2. 韓国人の脚本

  3. ブラジル人の演出

という座組みで撮ってる外側の文脈もまた面白い。

おわりに

そこからさらにバトンを受け取って第5〜7話の演出を務めたマーク・ミュンデンは正直なところクセは弱い。
そりゃあの2人と比べてはねw
ただ、後半のエピソードは純粋にストーリーが佳境に入ってくるのでむしろクセは薄めの演出の方が望ましかったと思う。
そういう意味ではテレビドラマの演出家として手堅い仕事をしているというべきか。

  • 第6話のマンとの会話のシーン(マンの顔が主人公と入れ替わる)

  • 廊下や階段の撮り方

  • シンメトリーな構図

とかは面白かった。

念のため書くと、第5話からは怒涛の展開な上に主人公がますます不安定な信頼できない語り手になっていくので決して面白くないわけではない。
別に失速という感じもなかった。

しかしまぁあの原作の映像化がこんな作品に仕上がるとは。
パク・チャヌク恐るべし、である。

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