見出し画像

【感想】劇場映画『愛なのに』

今泉力哉の書いた脚本で城定秀夫が撮る。
この座組みを聞いて多くの映画ファンの心が躍ったはず。

城定秀夫×今泉力哉のコラボでR15指定のラブストーリー映画を製作するL/R15プロジェクト。
来月には脚本と監督を逆転させた『猫は逃げた』が公開予定。
この神企画を提案した人はちゃんと会社内で出世したのだろうか?

今泉力哉

もはや知る人ぞ知る映画通好みの作家ではなく説明不要の人気監督だが、その名が広く知れ渡ったのは2019年公開の『愛がなんだ』

東京国際映画祭2018の初上映で本作を見たのは今でも私の自慢です。

本作を筆頭に恋愛映画、より細かくは「好き」という感情の歪さや不格好さを描いてきた人。
また、NSC出身(かまいたちと同期!)ということもありコメディの演出術も心得ている。

登場人物たちはあくまでも真剣に、日常的な会話だけで真面目にやり取りする。演者が「これは笑いを取るシーンだ」と意識してふざけた瞬間、面白くなくなるんですよ。ただ俺、若いころ大阪のNSC(吉本総合芸能学院)に居たことがあって、シナリオの勉強のつもりでコントの台本を書いていたんです。笑いのメカニズムが昔は全然わかってなかったんですが、今はお笑い芸人のネタをTVで観て笑いの構造を読み解く作業が大好きなんです。いわゆるギャグの破壊力に頼らずに人間同士の会話のおかしみや既存のお笑いルールとのズレの中で作っていく笑いが今は多いですよね。かまいたちの漫才やコントがまさにそれ。あと金属バットが2〜3年前から大好きで。
映画秘宝 2020年6月号

精力的に作品を撮り続けていた今泉監督が完全に次のステージに到達したと思わせられたのが2021年公開の『街の上で』

この作品には意外な形で城定監督の名前が登場する。

会話でいうとヴェンダースとかの名前のセレクトには気をつけていて。学生映画の現場から打ち上げを通して青(注:若葉竜也演じる本作の主人公)と親密になる「城定さん」(中田青渚)という衣裳スタッフの女の子が「城定イハって言います。城定秀夫監督と同じ城定」って自己紹介するんですね。
映画秘宝 2020年6月号

城定秀夫

フィルモグラフィーは既に100を超えている超多作の人。
昨夏まではキネ旬で星取りレビューも担当していた。

来た仕事を断らない主義なのかと思うほど多作かつ多忙。
なので個人的には作家性のはっきりした監督というよりはジャンル不問、しかも早撮りの職人監督という印象を持っています。

ふだんの僕の現場は1日〜3日撮りで時間がないのでやらないのですが、今回はある程度撮影日数があったので、生まれて初めて撮休の日を丸1日使ってライティングの準備に費やしました(笑)。
(中略)
だから、物語は原作を単純化して、現場に入ってからの移動時間を極力なくすソリッドなシチュエーションにしないと、ほしい画が撮り切れないなと。だからその点を逆算して脚色したという部分があります。
映画秘宝 2020年3月号

まさに職人。
(上記は『性の劇薬』公開時のインタビュー)

Vシネマやピンク映画のイメージが強いが、より広くその名が知られるきっかけになったのは2020年公開の『アルプススタンドのはしの方』

何とまさかまさかの(?)青春映画。
職人監督の面目躍如。
原作は高校演劇の戯曲で、映画版の脚本を手がけたのは奥村徹也。
実は城定監督は大半の作品で脚本も兼任している。
(それを知ると改めて100を超える多作ぶりはもはや異常としか思えないw)
つまり城定監督が他の人が書いた脚本で撮るのは非常に珍しい。
その点でも本作の座組みは興味深いなぁと。

ちなみに城定監督は大半の作品で編集も自ら手がけている(!)
本作のエンドロールでは妙に中途半端な位置で「編集 城定秀夫」の文字が流れてきて思わず笑ってしまったw

本作の感想

そろそろ本題に。

脚本はもう一から十まで今泉監督らしさ全開。
女子高生から唐突に「好き」と告白、いや求婚される古本屋店主の物語。
あれはもはや『愛がなんだ』のテルコ(岸井ゆきの)の輪廻転生であろう。
さらにもう一つ、その主人公が過去に告白して振られた女性が結婚式を間近に控えた段階で色々大変な目に遭う話も並行して描かれる。
この2つの物語が後半わずかながらクロスする。
大まかにはそんな構成。

ザ・今泉力哉である。
むしろ今あらすじを書いている自分が今泉監督っぽい話に寄せている錯覚に陥るほどw

逆に演出は見事に城定監督の色だった。
(おかげで「今泉監督が自ら演出もしていたらどんな作品になったんだろう?」という妄想まで楽しませてくれる)
固定アングルのワンカット長回し(これは早撮りを実現するための手法でもある城定監督の得意技)を基本としながら、
2人の関係に緊張感が生まれるシーンでは手持ちカメラに切り替わり役者に寄っていく撮影。
逆に亮介(中島歩)が「セックスが下手」と言われるシーンでは寄っていたカメラがスーッと引いていく。
あそこ最高www
濱口竜介監督の『偶然と想像』でもお馴染み中島歩の“棒読み”から幕を開ける本作屈指の名(迷?)シーン。

また、本作は企画趣旨で「R15指定のラブストーリー」となっている通りベッドシーンもがっつりある。
ここは城定監督の面目躍如(って表現が正しいのか分からないがw)というべきか今泉演出では見られなかったであろう画になっている。

自分がセックス描写をやらないのも、俺自身セックスが苦手だから(笑)。
(中略)
 先日城定秀夫監督に「今泉って省略しないよね」って言われて。たとえば服を脱ぐ時間とか、普通映画だと省略するところを全部使ってる。男女が隣に座るまでの過程とかちょっとした目線を交わす瞬間とか、コンビニでお金を払う一連とかも。その生っぽい時間の流れから、心地よい余白が醸成されているのかなって。だから上映時間が延びちゃうんですけど(笑)。
映画秘宝 2020年6月号(今泉力哉監督インタビュー)
よくあるセックスシーンって、綺麗に無駄なく上品に描こうとするじゃないですか。三浦監督(注:映画『娼年』の三浦大輔監督)はそうじゃなくて、出会い系サイトで出会った人妻が、下世話に乱交パーティや放尿プレイや視姦プレイをしたりと、セックスの下品で汚い部分をちゃんと見せてる。にもかかわらず、作品全体の印象が下品になってないところが凄い。下品なことを徹底的に突き詰めて描写してるのに、仕上がりはむしろ上品なんです。特に画作りがオシャレですよね。
映画秘宝 2020年3月号(城定秀夫監督インタビュー)

上記インタビューを読んでから見たベッドシーンはとても興味深かった。

ところで、本作の終盤、それまで「社会」がほぼ描かれてこなかった作中に急に岬(河合優実)の両親や警察という形で社会が顔を見せる。
あのシーンで岬の両親は多田(瀬戸康史)のやったことを愛ではなく性で捉えて糾弾している。
本当は愛なのに
多田はセックスだけの関係を求めた一花(さとうほなみ)を「それではお互いの心が壊れてしまう」と断った。
岬も序盤に「(結婚しても)そういうことはしなくていい」と明言している。
観客は多田が岬に送った手紙がいわゆる性的なニュアンスを持たないことを知っている。
ただ、確かに客観的に見るとあれは愛ではなく性的なもので「気持ち悪い」と言われてしまうのも仕方ないのかもしれない。

社会規範の厳しい現代における性とは?愛とは?
そもそも性愛とは?恋愛とは?
本作の結末は果たして不道徳なのか?
それとも性が社会規範で糾弾されても愛はそれを飛び越えるというポジティブなハッピーエンドなのか?

城定監督のフィルモグラフィーに『性の劇薬』があることも手伝ってそんなことを考えてしまいました。

そして何より、本作を見て河合優実という女優に触れないわけにはいかないでしょう。
興行的な意味でのヒット作にはまだ出会っていない印象ですが、出演作は映画好きの間で話題になったものばかり。
個人的には昨夏公開の『サマーフィルムにのって』のビート板の印象が強いです。
直近では『ちょっと思い出しただけ』でも短い出番ながらしっかり印象に残る演技を披露されていました。
しかも全作で印象が異なるというのが末恐ろしい。

本作でも、ともすれば非常に危ういバランスの役を見事に魅力的な存在に昇華。
そして待機作には城定監督の新作『女子高生に殺されたい』が!

事務所の作品選球眼が良いんですかね?
将来が楽しみな若手女優の誕生を目撃しているような感覚があります。

でもその前に、まずは3月公開予定の『猫は逃げた』を見届けなくては。

『愛なのに』と裏表な関係の1本。楽しみ。

この記事が参加している募集