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【感想】NHK土曜ドラマ『3000万』

NHKが立ち上げた、複数人チームで脚本開発するWDRプロジェクト。
この複数人の脚本家によるチーム方式は海外ドラマでは主流な手法である。

WDR(Writers' Development Room)は、「脚本開発に特化したチーム」です。

海外ではシリーズドラマを制作する際、複数の脚本家が「ライターズルーム」という場に集い、共同執筆することが一般的です。例えば“構成を考えることが得意な人”が“セリフを書くことを得意とする人”とコラボレーションすることで脚本を仕上げます。

https://www.nhk.jp/p/ts/9L69M8XJVX/

一方で日本のドラマでは坂元裕二、宮藤官九郎、野木亜紀子といった単独の脚本家の名前の方が馴染みがあるかもしれない。

もちろんチームライティング方式が皆無だったわけではない。
その筆頭はNetflixの『全裸監督』

脚本は、4人のチームで1年間をかけてつくりました。

日本のドラマの場合、一般的に、一人の作家のビジョンによってつくられます。一方アメリカでは、複数人のアイディアを活かしたほうが面白いという“信仰”がある。シリーズ化を視野に入れたとき、一人では限界もあります。今回はチーム制にチャレンジしました。

https://note.com/netflix/n/n7998d5fbae7b

ただ、その後は定着には至らず。
今年Netflix発でヒットした『地面師たち』も『極悪女王』も『さよならのつづき』も単独執筆になっている。

さて、そんなわけで『3000万』だが、期待通り脚本がよく練り上げられている。
社会的なテーマやメッセージとかではなく(もちろんそういう作品も良いのだけど)娯楽的純度の高いクライムサスペンス。
物語の起点となるフックは「予期せぬ大金が目の前に現れた」というシンプルな一点ながら、そこからどんどん転がっていく展開から目が離せない。

祐子「なんでこう次から次へと悪いことばっか起きんのよ!」

最終話より引用

視聴者の声みたいな台詞w

実際、プロットラインは下記のようなシンプルなものだったそう。

-平凡な家族の前に、ひょんなことから怪しい大金が舞い込んでくる。
それを自分たちのものにしようとしたことから、泥沼の災難へと巻き込まれていく。-

https://note.com/nhk_pr/n/n191ce5b6e9ac

この「うわ、そんなことになっちゃうのか!」がサスペンスでもありブラックコメディでもあり良いんですよね。
まさにジェットコースター。

「海外ドラマっぽい」という声もあるようで。
(とはいえ多種多様な作品が量産されてきた近年のピークTV時代を思えば「海外ドラマっぽい」と括れる概念がそもそも存在し得るのかも怪しいが…)
「善良な市民が道を踏み外す」系なら金字塔『ブレイキング・バッド』や2024年No.1の呼び声も高い『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』はまぁそうかな。

犯罪も闇バイトもダメ絶対

あとはNetflixの『ペーパー・ハウス』

『3000万』の弱点っちゃ弱点なのが人物背景の掘り下げ不足だと思うのだけど(クライムサスペンスなのでそこまで気にはならないが)それをやるには『ペーパー・ハウス』のシーズン1-2ぐらいのボリュームが必要なのだろう。

他にもここ数年のエミー賞のノミネートの一覧を見返してみたけど、やっぱり個人的にはそこまで直接的に本作と結び付くものは思い浮かばなかった。
クライムサスペンスとかケイパーとかコンゲームとかってジャンル自体が日本ではまだまだ未開の地だから海外の作品みたいな印象を受けるってことなのかな?
あとは一般的な作品よりもクールな映像の質感とか?

そんな本作は言ってしまえば「もう引き返せなくなってしまった人たちが右往左往する」話でしかないわけだが、細かなディテールの積み上げが本当に素晴らしい。
基本的に行き当たりばったり・その場しのぎで事態を悪化させてしまい必死でリカバリーしようとしてまた悪化させる人ばかりなんだけど、それが本当に「あり得そう」と思えるリアリティ。
ここが「素人がその場で考えたにしては秀逸なアイデアだな」と感じてしまうと一気に冷めますしね。
大胆な作戦で、別に視聴者に伏せられた勝算があるわけでもなく本当に大胆なだけというw

義光を演じる青木崇高の演技も最高w
第2話のフライパンとケチャップで表現された何とも言えないあの感じは素晴らしかった。
その後にフライパンとケチャップが伏線に化ける脚本に唸らされたことで本作の中でも一番印象に残っている。

いつのまにか祐子(安達祐実)と義光(青木崇高)の主張や言動が反転しているのも本作の妙味。
楽観主義に見えた義光は自首を主張し、悲観主義だったはずの祐子は大胆な計画で一発逆転を目指していく。
この辺りもつくづく脚本が巧い。

あと第7話で警察署から帰宅してリビングのドアを開けた際に坂本(木原勝利)やソラ(森田想)がいるのを目撃した青木崇高の受けの芝居w
あの光景は絶妙に滑稽で最高だった。

ところで善良な市民が犯罪に手を染めてしまうといえば『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督の新作映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』がちょうど公開されている。

ただ、心情の変化や作戦の行程を丁寧に描けるテレビドラマの方がこのジャンル・題材には向いてるのかなぁ…(原作は韓国ドラマ)
僕は『アングリースクワッド』は正直あまりハマらず。
これは今年の東京国際映画祭で『トラフィック』というルーマニア映画を観たときも同じことを思った。

『コンフィデンスマンJP』くらいコメディに振り切っちゃうとテレビドラマでも成立するんですけどね。

あそこまで行くと「ありえねーw」を楽しむ作品になるので。

脚本に力を注いだ作品ということもあってか演出面はそこまで尖った要素は見られず。
第6話の奥島さん(野添義弘)の突然の歌唱シーンは面白かったけどw
最近なら『窓際のスパイ』もそういう路線の作品ですね。

こちらもエミー賞で脚本賞を獲得するぐらい強い一方で演出は比較的オーソドックス。

最終話は陰影の効いたショットも多かった印象でした。
第1話が高揚感満点の運転シーンで締まったのと対比的な静かな運転シーンでややオープンエンド的に幕を閉じる構成も綺麗だった。

ラストシーンの解釈は個人的には原田眞人監督の映画『BAD LANDS バッド・ランズ』の終わり方と比較しながら読み解きたい。

最後に、単なる偶然とはいえ本作の最終話が勤労感謝の日に放送されたのも面白い。
やっぱり手軽に儲かる甘い話なんて無いってことなんですかねぇと会社員として日々勤労に励む私は思うのでありました。