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【論文メモ38】安全の現場に求められるモチベーションとは?

 今回は、医療、製造、運輸などの現場では、安全な行動が大前提となる。そのような組織における従業員のモチベーションについての論文。「安全」な状態が当たり前で、減点主義に陥りがちな組織でどのような要素がモチベーションを高めることに効果があるのか?
 とても興味深い論文である。

取り上げる論文

タイトル:安全の現場に求められるワークモチベーション: 安全志向的モチベーションの効果とその源泉としての自己価値充足モデル
著者:池田浩、秋保亮太、金山正樹、藤田智博、後藤学、河合学
ジャーナル:産業・組織心理学研究、34(2)、 133-146 、2021年

概要

組織では従業員に安全な行動が求められ、人為的ミスや事故を回避するために安全規範を順守する動機づけが重要となる。しかし、安全基準の遵守を動機づける要因についての実証的研究は少ない。本研究の目的は、安全志向的モチベーションを測定する尺度を開発し、医療機関における自己価値充足モデルがその動機づけの源泉となるかを検討することである。Neal & Griffin(2006)の尺度を基に項目を作成し、558名の調査から探索的因子分析を行った結果、達成・競争・協力・学習・安全志向という5因子が抽出された。また、別の517名を対象とした調査では、誇りや社会的貢献感が安全志向的モチベーションに強い影響を与えることが確認された。研究2では自己価値充足モデルの効果を評価し、安全が求められる職務ではこのモデルが特に重要であることが示された。本研究は、失敗回避が最優先となる職務における動機づけ向上のための示唆を提供する。

背景

安全が求められる職場では、システムの整備が進むにつれて、人為的要因の重要性が増している。事故の原因の80〜90%はヒューマンファクターに起因するとされ(Hoyos, 1995)、これを防ぐためには作業者の安全遵守行動を支える動機づけが不可欠である。従来、安全研究は①事故発生モデルの構築(例:ハインリッヒの法則、スイスチーズモデル)、②ヒューマンエラーの認知メカニズムの解明、③組織や職場レベルの安全文化や安全風土の検討の3つのアプローチで進められてきた。しかし、作業者が安全行動を持続するための動機づけに関する研究は少ない。

本論文の主要な理論・概念

本研究は、「安全志向的モチベーション(安全志向M)」という概念を提案する。これは、失敗回避を前提とする職務において、安全行動の持続に必要な動機づけを意味する。従来のワークモチベーション研究では、業績や達成に向かう動機づけが主に検討されてきたが、安全を維持するためには異なる動機づけが求められる。これに関連し、本研究では「自己価値充足モデル(Self-Worth Sufficiency Model)」を導入し、社会的貢献感、誇り、組織内自尊感情が安全志向Mの源泉となることを検討する。

自己価値充足モデルの3要素
社会的貢献感:仕事を通じて社会や同僚に貢献しているという実感
誇り:自身の職務や組織に対する肯定的評価
組織内自尊感情:組織の一員として必要とされているという感覚

安全志向Mを持つことの効果として、安全パフォーマンスとの関連性を検討。

安全パフォーマンスに関わる代表的変数には、安全参加行動および安全遵守行動が多くの安全研究で用いられている(e.g., Clarke, 2013)

安全参加行動:より安全性を高めるための活動に取り組んでいる程度
安全遵守行動:安全を維持するための手順やルールを適切に行っている程度

また本研究では、「ヒヤリハット経験」との関連も検討

変数

(a) 説明変数
  自己価値充足モデルの3要素
    ①社会的貢献感
    ②誇り
    ③組織内自尊感情
(b) 調整変数
  職務特性: 失敗回避が求められるか否か
(c) 媒介変数
   安全志向的モチベーション(安全志向M)
(d) 成果変数
  ・安全パフォーマンス(安全遵守行動・安全参加行動)
  ・ヒヤリハット経験(事故寸前の体験)

研究1:安全志向的モチベーション尺度の開発

(1)目的

新たに安全志向的モチベーション(安全志向M)の測定尺度を作成することを目的として以下の2点を行う

①安全志向M尺度の作成
安全志向Mの概念に基づき、Neal & Griffin(2006)の尺度を参考に測定項目を作成。
②因子構造の検証
他のワークモチベーション(達成志向M、競争志向M、協力志向M、学習志向M)と比較し、安全志向Mが独立した因子であるかを検証

(2)方法

調査対象者: 医療従事者558名
調査方法: 質問紙調査
分析方法: 探索的因子分析(EFA)、確認的因子分析(CFA)

(3)結果

安全志向Mは、他のワークモチベーションと異なる独立した因子として確認された。
確認的因子分析(CFA)の結果、5因子モデル(安全志向M、達成志向M、競争志向M、協力志向M、学習志向M)が最も適合度が高かった(CFI=.92、RMSEA=.08)。

なお、安全志向Mの尺度は、以下の通りである。方向性、持続性、強度というモチベーションを図る3次元からなる。

研究2:自己価値充足モデルの検証と安全志向Mの効果

(1)目的

研究2では、安全志向Mの源泉としての自己価値充足モデルの効果を検証するとともに、安全志向Mが安全パフォーマンス(安全遵守行動・安全参加行動・ヒヤリハット経験)に及ぼす影響を検討する

(2)方法

調査対象者: 看護師415名(女性385名、男性30名)
調査方法: 質問紙調査(病床数1000床以上の大規模病院)
分析方法: 構造方程式モデリング(SEM)による因果関係の分析

(3)結果

①自己価値充足モデルの検証
・社会的貢献感と誇りは、安全志向Mを促進する要因であることが確認された。
・組織内自尊感情は、安全志向Mに負の影響を及ぼすことが示された。

安全志向Mの効果
安全志向Mは安全遵守行動・安全参加行動を促進し、ヒヤリハット経験を低減させる

安全志向Mが医療従事者の安全行動を促す有効な動機づけであることが示唆された。
社会的貢献感や誇りを高めることが、安全志向Mを向上させるための実務的な介入策となる可能性がある。

感想

 安全志向的モチベーションという動機付けの概念を作っていくのがとても興味深い。
 社会的貢献感や誇りが、安全志向Mを高めるとするが、同じようなことを述べている先行研究で芳賀繁先生の「拡大版職業的自尊心ー安全行動意志モデル」というものがある(芳賀繁、2020、「失敗ゼロからの脱却」、KADOKAWA)。
 こちらでは、職業的自尊心が、技術工夫意欲を高め、自律的安全態度、安全行動意思に正の影響を与えるとする。また一方で、情緒的コミットメントは、予定厳守意欲という安全には必ずしも良いと言えない意欲を高めるとするが、これは本論文でいう、組織内自尊感情は、安全志向Mに負の影響を及ぼすというのと同様のことを言っているように感じる。
 このようなメカニズムを示すことで、安全性を高めることにつなげられると良いなあと思う。


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