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【論文メモ44】ホワイトカラー熟達への道

 今回は、ホワイトカラーが熟達していくにあたって、どのような実践知を獲得していくのかについての研究。
 熟達というと、職人や専門職の方を思い浮かべるが、事務屋にだって、熟達・実践知は大いに必要である。


取り上げる論文

タイトル:ホワイトカラーの熟達化を支える実践知の獲得
著者名: 楠見 孝
ジャーナル: 組織科学、48(2)、6-15、2014年

概要

ホワイトカラーの仕事において高いレベルのパフォーマンスを発揮するには、長年の経験を通じた熟達化が必要である。熟達化の過程では、暗黙知を含む実践知が重要な役割を果たす。過去の研究では、スポーツや芸術の分野で「10年ルール」が提唱されており、長期間の経験や学習が専門家になるための鍵とされている。本研究では、ホワイトカラーの熟達化における実践知の構造や獲得プロセスを明らかにすることを目的としている。質問紙調査を実施し、マネジメントの暗黙知の獲得には、管理職経験年数、経験学習態度、批判的思考態度、類推、省察、職場内の暗黙知と形式知の知識変換が関与していることを示した。最後に、個人学習と組織学習の相互作用が実践知の獲得を促進し、管理職への熟達を導くことを論じた。

主要な理論・概念

(1)熟達化(expertise)

長年の経験を通じてスキルや知識を獲得し、高いレベルのパフォーマンスを発揮する過程を指す(Ericsson, 1996, 2006)。
特に、仕事の熟達化には、暗黙知実践知が重要であるとされている(Polanyi, 1966; Sternberg & Wagner, 1992)

(2)熟達化のプロセス

 以下の4段階に分けられる(楠見, 2012)

①初心者段階(Novice, Beginner)
 新たな職場環境に適応し、基本的な業務手順を学習する時期。指導者のもとで仕事の一般的な手順を学ぶが、ミスも多い。最初の壁として、職場環境に適応できず離職する者もいる。
②一人前段階(Competent, Journeyman)
仕事に慣れ、指導者なしで自律的に業務を遂行できるようになる。しかし、定型的な業務には対応できても、新しい状況への適応は難しい。キャリア・プラトー(plateau, Frence, Stoner, & Warren, 1977)が生じる可能性がある。
③中堅者段階(Proficient)
過去の経験やスキルを類推し、状況に応じた柔軟な対応が可能になる。適応的熟達化(adaptive expertise, 波多野, 2001)が特徴。10年程度の経験が必要とされる。
④熟達者段階(Expert, Creative Expertise)
高度なスキルと知識を駆使し、新たな問題に創造的に対応できる。すべての人が到達できるわけではなく、特定の個人が達成するレベル

(3)実践知の3つの特徴(波多野, 2001)

①手続き的知識と概念的知識の統合: スキルを適用する中で概念的知識が形成される
②状況依存的な知識: 暗黙知として、具体的な場面で活用される
③メタ認知的知識の関与: 自己評価や行動の調整に関わる

(4)管理職における実践知の構造(Wagner & Sternberg, 1985)

①タスク管理(managing tasks)業務遂行の効率化に関わるスキル
②他者管理(managing others)部下・同僚・上司との関係構築
③自己管理(managing self)自己の動機づけやスキルの適用

(5)経験学習態度(Spreitzer, 1987)

①挑戦性: 新しい経験に積極的に取り組む
②柔軟性: 他者の意見を取り入れ、適応する
③無難性: リスクを避け、安全な選択を好む

変数

(a)説明変数
  ・管理職経験年数
  ・経験学習態度(挑戦性・柔軟性・無難性・自己本位性・評価志向性)
  ・類推(過去経験の利用・伝達)
(b)調整変数
  ・経験年数
  ・職位
(c)媒介変数
  ・暗黙知(タスク管理・他者管理・自己管理)
  ・知識変換(共同化・表出化・結合化・内面化)
(d)成果変数
  ・管理職昇進の有無
  ・将来の管理職としての期待度

尺度

  ・暗黙知尺度(Wagner & Sternberg, 1985)
  ・経験学習態度尺度(楠見, 2001)
  ・知識変換モード尺度(野中・竹内, 1996)
  ・省察尺度(楠見, 2009)

方法

対象: 事務機器メーカーのホワイトカラー152名(男性144名、女性8名)
調査方法: 質問紙調査
測定項目: 暗黙知、経験学習態度、類推、昇進の有無、管理職としての期待度

結果

・暗黙知得点と管理職経験年数は正の相関があった
・経験学習態度(挑戦性・柔軟性)が高い人ほど暗黙知得点が高かった
・無難性が高い人は暗黙知得点が低かった
・類推(過去経験の利用・伝達)と暗黙知得点は正の相関があった
・管理職への昇進には「他者管理」の暗黙知が影響を与えていた(図2)
・30代の管理職期待度には「挑戦性」と「過去経験の伝達」が関係していた(図3)

わかったこと

・ホワイトカラーの熟達化には、積極的な挑戦姿勢や柔軟な思考、そして経験を振り返り他者と共有することが重要である
・管理職への昇進には「対人管理スキル」が重視される
・管理職として期待されるには、「無難に仕事をこなす」のではなく「挑戦する姿勢」が必要
組織的学習と個人の経験学習が連動することが熟達化の鍵となる

感想

 以前に、金井先生と楠見先生の以下の本を読んでから、もう少し深めてみたかった、実践知や熟達であるが、この論文は自分自身もホワイトカラーであることからか、ものすごく手触り感を持って伝わってくる内容だった。
 類推する力、過去の経験を活用する。管理職になったら、タスク管理より対人管理。無難ではなく挑戦。仕事をしていく上でいずれも基本となる大切な考え方だと思う。
 仕事を通じて、実践知を獲得しているというのは、もう少し意識的になってもいいなあと思っている。 


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