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【論文メモ14】部長と役員で求められることの違いと適応のためのアンラーニング

 本日は、部長から事業部長に昇進する際に求められるアンラーニングについての論文を取り上げたい。
 私としては、すごくしっくりくる内容であった。


取り上げる論文

タイトル: 事業統括役員に求められるアンラーニング
 著者: 松尾 睦
 ジャーナル: 北海道大学大学院経済学研究科 Discussion Paper, Series B, No.127, 1–17
 発行年: 2014年

概要

本研究は、民間企業の24名の事業統括役員に対するインタビュー調査を基に、事業部長から事業統括役員に昇進する際に必要なアンラーニングの実態を明らかにする。結果として、経営判断、権限委譲と動機づけ、情報収集の3つの領域でのアンラーニングが明確になり、これにより上級マネジャーの熟達とリーダーシップの進化が示唆された。

関連する理論・概念

アンラーニング

組織レベルのアンラーニング「新しいルーチンを導入するために、時代遅れとなったルーチンを棄却するプロセス」(Antonacopoulou, 2009;  Tsang,  2008; Tsang & Zahra, 2008)
個人レベルのアンラーニング「個人が自身の知識・スキルが役に立たないということに気づいたと きに、それらを棄却し、新しい知識・スキルを獲得すること」(Akgun  et  al.,  2007;   Tsang & Zarha, 2008)。
組織レベルのアンラーニングが起こるためには、個人レベルのアンラーニングが必要になることから、両レベルのアンラーニングに着目する必要がある(Klein,  1989;   Rebernik & Sirec, 2007; Tsang & Zarha, 2008)。特に、企業全体の学習や業績に大きな影響 を及ぼす役員クラスのマネジャーのアンラーニング・プロセスを検討することは重要な 研究テーマ

リーダーシップ・パイプライン・モデル

リーダーシップの進化プロセスを6つのキャリア経路(Passage)として説明するモデル。昇進ごとに、スキル・価値観のアンラーニングと再学習が求められる。

Mintzberg(1973)の役割モデル


Mintzbergは、マネジャーの役割を観察研究から「対人的役割」「情報的役割」「意思決定の役割」の3つに分類し、さらにこれを10の具体的な役割に細分化した。
3つの主要役割と具体的な内容

  1. 対人的役割

    • リーダー役: 部下を動機づけ、育成する。

    • 看板役: 部署の代表として雑務をこなす。

    • 対外的窓役: 部署内外のつながりを構築する。

  2. 情報的役割

    • 情報収集役: 組織内外の情報を収集する。

    • 情報伝達役: 部署内に情報を共有する。

    • スポークスマン: 組織外部へ情報を発信する。

  3. 意思決定の役割

    • 資源配分役: 人材や資源を効果的に配分する。

    • 問題対処役: 予期しない問題に対応する。

    • 起業家: 組織の変革を主導する。

    • 交渉役: 外部との交渉を行う。

Katz(1955)のスキルモデル

Katzは、マネジャーに必要なスキルを3つに分類した。

3つのスキルと特徴】

  1. ヒューマンスキル

    • 対人能力(部下・同僚・上司との協力やコミュニケーション能力)。

    • チームワークや育成、動機づけのスキルを含む。

  2. テクニカルスキル

    • 専門知識や技術(会計、財務、生産など特定分野の専門能力)。

  3. コンセプチュアルスキル

    • 組織全体や外部環境を見渡す能力。

    • 戦略的意思決定や環境適応のスキルを含む。

    • 上位の職位では特に重要とされる。

Mumford et al.(2007)のスキル分類

 MumfordらはKatzのスキルモデルを発展させ、スキルを4つに分類した。上位階層ほど、ビジネススキルと戦略スキルが求められ、戦略スキルは特に上級マネジャーで重要性が増すとする。

【4つのスキルと特徴】

  1. 認知的スキル

    • 基本能力(読む・書く・話す・聞く)。

    • 批判的思考や情報処理能力。

  2. 対人スキル

    • 社会的共感力や協力、交渉、説得など、対人関係を構築・維持する能力。

  3. ビジネススキル

    • オペレーション管理、人材管理、財務管理などの実務能力。

  4. 戦略スキル

    • 環境変化の原因を理解し、組織をシステムとして捉え、戦略を立案する能力。

方法

調査対象は、24名の事業統括役員で、インタビューを通じて彼らの昇進過程を分析した。分析方法としてグラウンデッド・セオリー・アプローチを採用し、データを「経営判断」「権限委譲と動機づけ」「情報収集」の3つのカテゴリーに分類。各カテゴリーでアンラーニングがどのように行われたかを検討した。

結果

本研究では、部長から事業統括役員へ昇進した際にアンラーニングが求められる3つの領域(経営判断、権限委譲と動機づけ、情報収集)が特定された。以下、それぞれの詳細を示します。

(1)経営判断

<部長時代の特徴>

  • 短期的判断: 短期的な成果に焦点を当てる。

  • 分析的判断: データや数値に基づいた精緻な分析を重視する。

  • 部分最適: 自部門や個々のプロジェクトの最適化を優先。

<事業統括役員への移行後>

  • 長期的判断: 将来の事業や市場動向を視野に入れた判断が必要。

  • 直感的判断: データや分析に加え、直感や経験を活用した迅速な意思決定。

  • 全体最適: 全社的な視点で判断を下す。

具体例:
「株主やアナリストの声を意識しつつ、ぶれない信念を持つことが求められる。」
「短期的な利益だけでなく、将来の競争優位性を見据えた戦略的な判断が必要。」

(2)権限委譲と動機づけ

<部長時代の特徴>

  • 直接指揮スタイル: 現場に深く関与し、直接的に指示を行う。

  • オペレーション重視: 自ら問題解決の先頭に立つ。

<事業統括役員への移行後>

  • 権限委譲: 自分が不在でも現場が動くよう、権限を部下に委譲。

  • 部下の育成: 判断基準を共有し、指示待ちではなく自律的に動ける部下を育成。

  • 動機づけ: 仕事の達成感を部下に味わわせることで組織全体の士気を向上させる。

具体例:
「部長時代の陣頭指揮スタイルは、役員職では物理的にも不可能となり、部下の成長を阻害する要因にもなり得る。」
「役員は全社や事業本部の方針を明確に示し、現場運営は部下に任せる必要がある。」

(3)情報収集

<部長時代の特徴>

  • 現場情報へのアクセス: 現場で直接情報を収集し、それを基に意思決定を行う。

<事業統括役員への移行後>

  • 情報収集の工夫: 現場から課題を吸い上げる仕組みを構築する。

  • ネットワークの活用: 社内外にブレーンを持つことで情報を収集。

  • フラストレーションの克服: 情報が不足する状況を受け入れ、戦略的な判断を下す。

具体例:
「役員は孤独な立場にあるため、情報が入手しづらい。このため、信頼できる部下を近接配置し、情報収集を効率化する。」
「現場からの情報が遅れる場合でも、それをフラストレーションにせず、現場の要望を課題としてまとめさせる工夫が必要。」

アンラーニングの統計的概要

  • 対象者全体の83.3%が、昇進時に何らかの形で知識やスキルを変更(アンラーニング)したと回答。

  • カテゴリーごとの言及割合は以下の通り:

    • 経営判断: 45.8% 

    • 権限委譲と動機づけ: 45.8%

    • 情報収集: 37.5%

結論としての変化

事業統括役員は、部長時代の「短期的判断」「直接指揮」「現場での情報収集」というスタイルをアンラーンし、以下のようなスタイルを身につけている。

  • 長期的かつ全社的な視点を持つ経営判断

  • 部下の自律性を重視した間接的なマネジメント

  • ネットワークや課題吸い上げに基づく情報収集方法

感想

 冒頭に書いたようにものすごくしっくりとくる内容である。
3つのスタイルどれも大切だと思うし、部長として優秀であればあるほど、適応するのに大変なことだと感じた。

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