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「ばにらさま」を読んで|読書感想文

アイスを食べた時、ふわっと冷たさが口の中に広がり、しばらくして身体の温かみがゆっくり戻るような感覚の小説でした。

6つの話からなる短編小説。なかでも「ばにらさま」がいちばん気に入ったので感想文を書きます。

まずは、簡単なあらすじから。


あらすじ


図体ばかり大きくて、さえない20代前半のひろしにも初めての彼女ができた。彼女の名はみずき、バニラアイスみたいに肌が白くてつめたい女の子。

服装もメイクも完璧。ザ・可愛い女子の代表みたいなみずきから交際を申し込まれたひろし。なんで僕なんか、と思いつつ夢みたいな気持ちで付き合いはじめる。

週末のデートの食事は彼持ちで食後にいくカフェでは彼女が支払うのがパターン化された。

みずきはネット上にブログを公開している。ひろしとデート後にブログは更新される。ひろしは彼氏ではなく、友人と表現されていた。そしてブログには、素敵な彼氏がほしいと呟いていた。

クリスマスイブの約束はみずきにドタキャンされたひろし。ある日、ひろしはみずきのアパートに食事にきてと招待される。

感想


可愛くてふんわりした女の子が本当は性悪でひろしを利用し続け、あとでバレる話かと思いきや、着地点はまったく違う方向だった。

この話は「ああ、面白かった」だけで終わらせるには惜しい。もっと感想書きたい!

*ネタバレしないと感想が書けないため、ここから先はネタバレも含みます。

タイトル:ばにらさま
著者:山本文緒
出版社:文藝春秋
アマゾンオーディブル
再生時間:6時間23分

感想|ネタバレ含む


丸の内のオフィスで働く会社員のひろし。まだまだ下っ端だけど、自ら学ぼうと努力を続ける彼。みずきは同じ勤め先で働く派遣社員の女の子。

デートでみずきを喜ばせたい一心でいつも一生懸命な彼は可愛らしい。みずきに食事後に「ごちそうさまでした❤️」と笑顔で言われるだけで、たじろいでしまう純情男だった。

みずきはファッション誌をひらいては、欲しい服やバッグをみつけてリボ払いで購入し続ける女の子。

いつか素敵な王子さまが自分を見つけてくれると思っている。だから身綺麗にすることを徹底している。

みずきの手のひらで踊らせているようにみえる彼が、情けなくて可哀想だった。

みずきみたいな女性、どの時代にも存在するし、実際にひとまわり以上も年の離れた裕福な男性と結婚する人も多くいる。

(裕福な男性と結婚する若い女性のすべてが計画的犯行だとは言いません。私のひがみです)

小説ではひろし目線のデートの様子、みずきのブログが交互に話が展開していく。

デートでは映画面白かったとか、レストランで美味しかったとか笑顔で答えているのに、ブログでは映画が古臭かったとか、落ち着かないレストランだったとか書くみずき。

やるせない。ひろしが可哀想だ。みずきは悪魔だ。こうゆう女子嫌いだ。わたしの心がざわついてくる。


このまま彼女に騙され続けるのか??


でも、そうではなかった。


ひろしはみずきのブログを読んでいたのだ。しかも付き合い始めてすぐに…。


はじめてのデートに単館上映の映画に彼女を連れて行った。デートの後に他の人たちの映画の感想を知りたくてネット検索していたら、偶然にもみずきのブログを見つけてしまっていた。

ひろしはみずきが短い恋愛を繰り返しては派遣社員として転職してることをブログを通して知ってしまう。

それでも、ひろしがみずきと付き合い続けたのはなぜだろうと私は考えてしまった。

ブログでは連れていったレストランの文句を書かれ、自分のことを彼氏ではなく友人あつかいされているのに。

いつか本当の彼氏として認めてもらえるはずと期待していた?

みずきは実は繊細でガラスみたいに壊れやすい女の子だから守ろうと思った?


わたしはひろしもみずきも不器用な人間だったと思う。

みずきのアパートで晩御飯を食べたあと、みずきがシャワーを浴びにいく。

ぼんやりとファッション誌をひらく彼。どのモデルも同じに見える。みずきも同じようなものだ。彼女の話すことは、どこかで聞いたような言葉や、ありきたりの会話だなとおもいはじめる彼。

でも、みずきは雑誌の中のモデルじゃない。現実に生きている女の子だ。感情がないわけではない。ないわけないじゃないか。

ばにらさまより引用


ようやく気づいてくれたか。ここで、みずきをとっちめてくれ。化けの皮をはがしておくれ、私はひろしの次の行動を期待した。

「とっくに気づいていたんだぞ。きっと僕みたいな男で手を打とうと思っている。いい会社に勤めているし、もし辞めても都心に土地を持っている。食いはぐれる心配もない。俺のことバカにするな。舐めるな」

言葉にしたら、さぞ気持ちいいのに彼はぐっと我慢して言わなかった。心の叫びを内側に留めたままで終わらせた。

そのかわり彼女を抱きしめて自分の気持ちが分からなくなったから、しばらく会うのをやめようと伝える。

みずきは何も答えない。表情ひとつ変えない。
読者のわたしからもみずきが一体何を考えているのか読み取れない。

彼は彼女の部屋を出て、スマホから彼女の電話番号を削除しボロボロ泣くんだけど、ひろしの想いにぐっとくる。

泣いてくれ。僕は強く思ってうなだれた。
自分の絶望のために泣いてくれ。
彼女のアイメイクがドロドロに落ちることを願った。
泣けないなら、あんたみたいな男が偉そうにと
怒鳴ってくれ。
動かないから、いくらでも殴ってくれ。
僕は胸の中で繰り返した。
そうしてくれれば、僕は今すぐ降参して
プロポーズするから。断られても断られても
何度でも求婚して、ずっと一緒にいると
約束するから。

⚫️みずきは悪い女か?

みずきは30歳なのに年齢を偽り、20代前半のひろしと同世代を演じていた。ブログではひろしを友達扱いしていた。

ひろしをキープ扱いしながら、理想の相手を探していたみずきは確かに良くないと思う。でも、ブログにはひろしの悪口や容姿について一切書いていなかった。

根っから悪い女性なら、ブログでひろしのことをもっと悪く書いていたのではないかと思う。それとも相手は誰でもよくて自分にしか興味がなかった?

みずきはただ愛されたいことを望んでいた頭の中がお花畑の女の子だったんじゃないか。

⚫️ひろしはみずきのどこに惹かれたのか?

付き合い始めて、すぐにブログの存在で友達扱いされていることに気づきながら、付き合いつづけたんだろう?

ひろしにとってはじめての恋人だったから?それともデート後のブログを読むことを楽しんでいた?

知り合いのブログを偶然にも見つけてしまったら、こっそり見続けてしまう。悪いなあと思いつつ、見続けてしまう心理と似ている?

でも、彼は純粋であるがゆえに彼女が感情を表に出してくれたら、プロポーズしようとさえ思っていた。

ただ、彼も彼女のブログを読んでいたことや、自分はキープの存在として扱われていたことを彼女に伝えなかった。

ぼろぼろ泣いた姿もみずきには見せなかった。彼は怒りの感情をみずきにみせるべきだったんじゃないかな。

でも、できなかった。

つまり、お互いに感情を隠したままお別れしたことになる。


せつない。せつないなあ。


せつない気持ちがほしくなったら読んでみてください。









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まる。
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