好きな悪役は誰ですか?で自分や相手の本性を明確にできるという話
これはDaiGoさんの講義から。
ノースウエスタン大学の研究でアニメやファンタジーなどの好きな悪役を聞くことで相手の本性を極めて明確に見抜くことができることが判明しました。
同時に好きな悪役について考えることにより、自分の本性もわかります。
その悪役とその人の本性が良く似ているという結果になっています。
理由についての説明は省略させていただきます。とても面白いので是非DaiGoさんの講義を聞いてください。
ちなみに私の本質は?
私には最近、とても深く感情移入してしまった悪役のキャラクターがいます。
それは今話題沸騰の鬼滅の刃、に出てくる
黒死牟というキャラクターです。
剣技を極めたいが為に妻子や家を捨て、終には永遠の命を欲して鬼になってしまった剣士の成れの果て。
彼には縁壱という双子の弟がいました。兄である彼にも確かに剣の才はあるのですが、弟は次元の違う天才でした。兄は人の領域であり、弟は神の領域のような。
そしてその弟が実は病の身である母を陰で支え続けていたこと、兄の将来のことを案じていたから家を出ていったことなど、
実は知的で優れた人格者であったことも知ることになり、嫉妬で身を焼かれる思いに苦しむことになります。
剣士として着実に実力をつけていくものの縁壱には及ばず苦悩を続ける、そしてあるときに自分は余命あとわずかだという現実を唐突に突き付けられます。
そして無惨からの、鬼となれば永遠の刻を生きられる、という甘言に釣られて鬼に成り下がってしまいました。
私は、剣技を極めるためにすべてを捨てたこの黒死牟というキャラクターに深く感情移入するところがありました。
「自分は特別ではない」と思い知らされ続けた学生時代
私は中学時代学校内で3指に入るくらい勉強ができました。
地元で有名なチェーン塾に通っていて、入塾当初は頑張ってもその教室内でもランキング外でしたが、その後着実に実力を付けていき、最終的には全塾内でもランキング上位に食い込むまで実力を伸ばしました。
あるとき塾の先生から「駿台模試で腕試ししてみると良い」と勧められ挑戦しました。初挑戦の結果はやはり惨憺たるものでした。
それでも、今までだってコツコツ頑張り続けて高いところまで登れたのだから、今回も着実に成果が出せる、と信じて受験を続けました。
しかし、どんなに頑張っても上の景色を見ることができませんでした。得意科目ですら一度たりとも全国ランキングに載せることもできなかった。
このときに自分は身近な場所では優れていたとしても、全国的に見れば大したことはない、上には上がいる、ということを思い知らされました。
スポーツも大好きで陸上やラグビー、空手など嗜んでいました。
が、やはり「自分は決して特別ではない」、「上には上がいる」という現実ばかり突き付けられることになりました。
小·中学時代スポーツ万能で先生から期待され、同級生からも羨望されていた元同級生に高校生になって会ったことがありました。
そのときに私が「今部活は何やってるの?」と聞いたときに、「帰宅部だよ。今は特にスポーツはやってない。」と答えが返ってきたときに胸が張り裂けそうなそれでいて、虚しい気持ちに襲われたことがありました。
彼なりにもう納得して決めていたことなのでしょう。もう満足していたからすんなり手放すことができた。
だけど、満足する成果が得られなかった私は今もしがみ続けている。高校でも大学でも体育会で活動し続けた。それでも自分が納得いくような成果を残すことができなかった。
だから結局社会人になって、満足に練習時間が確保できないなかでも未だにしがみ続けている。
劣等感で歪み続けた結果、今の自分になったのだと、黒死牟の過去の回想と重ねながら自分を振り返りました。
武道やアンチエイジングを追い求める理由
私はnoteでもアンチエイジングについてコラムを書かせていただいています。
老化を遅らせる方法をとにかく知りたくて科学の文献を読み漁っています。
アンチエイジングにこだわる理由も長く武術の鍛練を続けたいから。
そして格闘技ではなく武術を選んだ理由も
格闘技は若くて体力が充実しているときこそが全盛期。その瞬きほどの輝きと儚さが華。実力のある人が上へ行ける。
武術は長い年月を重ねて磨き上げるもの。歳を重ねるほど強くなる。力が無い人が自分より強い相手に立ち向かい自分を守るために磨かれた術。
このように私は認識していて、
自分には他の人を引き離せるほど優れた能力も成長スピードも無い、それでも自分より優れた人に匹敵できる術が欲しい、そして長く続けて確実に実を結んで欲しい、
そう思い、武術の可能性に懸けることにしました。
栄光や名声を求める人たちは短期間で詰め込んで頑張って身も心も擦り切らせてしまいます。長く続かないのが必定です。
息切れしない程度のペースで鍛練を続けていると、まわりと競争しないから栄光をつかむこともないかもしれません。でも歩き続けていればそのうち先を走って抜いていった人に追い付き、そして途中でリタイアしてしまった人は追い越せるでしょう。
そう信じたいです。
これらはなんとなく、永遠の命を求めて鬼になった黒死牟と重なるところがあります。
私は人より上達が遅いからひとつの技を習得するのにも相当な時間がかかることも自覚しています。
やはりやがて迫り来る老いが怖くないと言えばそれは嘘になります。
いずれ老いて衰えていく宿命であったとしても最後まで抗い続けたい、そのためにアンチエイジングやスポーツ科学を学び続けます。
学生時代から変わったこと
もうひとつ。
劣等感で歪み続けた学生時代でしたが、今は自分が幸せになるためには人より優れている必要も人に勝つ必要もないことを知っています。
学生時代はテストやスポーツの大会など、競争に勝てる人が優遇されます。
しかし、社会では他の人が思い付かない意外なものを生み出せる人、競争が少ない未開拓の分野に足を踏み入れた人など希少価値が高くその人の個性や好奇心を色濃く反映した人が成功しています。
よく使われているフレーズを引用させていただくのは気が引けますがナンバーワンよりオンリーワンということですね。
自分だけが見えているものを追及し続けていればそれは特別な物に成り得る、自分を幸福にしてくれる。そう思います。要は他の人が持っていないものを作れば良いのです。
だから自分が誰より優れているかなど気にする必要はない。好きなものならばとことん追及すれば良い。そう考えて今日も鍛練に励みます。
回想話で随分長くなってしまいました。
今回はこんなところで。
よろしければこちらも。
ありがとうございました。
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