アキさんの物語〜「発達障害」と診断された人のための「発達障害」の説明書5〜
一緒につくるマガジン
この度、【「発達障害」と診断された人のための発達障害の説明書】と題して、マガジンの作成を始めた。
このマガジンは、『一緒に作るマガジン』という設定にしている。
「受け身ではない、主体的な学びの機会を作りたい」
という思いからの『一緒に作るマガジン』。
マガジンの作成に読者が参加してもらうことで、きっと、受け身ではない、主体的な学びの機会が作れる。
たとえば、もし何か質問が出たら、次回はその質問について取りあげた記事を書きたいし、もし発達障害について書いた記事を紹介していただけたら、次回はそれについて一緒に考えたい。
そんな風に、発達障害のことについて一緒に考え、理解を深めていきたい。
そんな風にして行う皆さんとのやりとりこそ、リアルな「発達障害」の説明書になり得ると考えている。
「発達障害」の説明書、よかったら、一緒に作りましょう。
アキさんの物語
今回は、アキさんが【「発達障害」と診断された人のための発達障害の説明書】マガジン作成に参加いただけるとのこと。
アキさんは作業療法士。
発達特性を持つ支援者であるアキさんは、ご自身の発達特性について多くのことを考え、感じ、そしてその考えたり感じたりしたことを、自分や周囲の人々との関係に上手に還元されている。
アキさんのリアルな体験や実践を紹介させていただき、アキさんの記事を受けて私が感じたことや考えたことを文章にしてみたいと思う。
アキさんと広汎性発達障害
アキさんは、広汎性発達障害の診断を受けているとのこと。
広汎性発達障害とは、自閉症、アスペルガー症候群、レット障害、小児期崩壊性障害、特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)から構成される概念である。
つまり、自閉症を含む広範の発達障害を指すものである。
現在、精神科や児童精神科などの医療機関では、DSM-5という手引きを用いて診断を行うのが主流になっている。
DSM-Ⅳ TRという版からDSM-5に改訂される中で、広汎性発達障害という診断名は削除され、その周辺が新たに定義されなおしている。
理由としては、広汎性発達障害という概念が広がりすぎて、どのような状態の人を示すのかということが曖昧になってきた点が挙げられる。
医者によっては、発達特性はありそうだけれどよくわからない人に対して広汎性発達障害という診断がつけられる、なんてこともあった。
そのため、概念を整理し直して、クライエントにあった支援に的確につなげられるようにしたというわけである。
広汎性発達障害は、自閉スペクトラム症も含む広い概念ではあるが、以前広汎性発達障害と診断された人たちは、今では自閉スペクトラム症と診断されることが多い。
DSM-5の自閉スペクトラム症の診断基準を参考として再掲する。
以下のA、B、C、Dを満たすこと
A:社会的コミュニケーション及び相互関係における持続的障害
B:限定された反復する様式の行動、興味、活動
C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになる物もある
D:症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている
アキさんも、コミュニケーションに関する部分の発達特性をお持ちとのこと。
以下アキさんの記事より抜粋。
実技が駄目だったのは
昔から運動が苦手というのもありますが
・ボディーイメージが掴めない
・不器用
・臨機応変な対応が苦手
・状況が読めない
・状況に応じた適切な言葉が分からない
・コミュニケーションが苦手
などなど、「広汎性発達障害」の傾向も影響していたのからだと私は考えています。
【アキのエッセイーNo.1 作業療法士へ復帰に至るまで-トントン拍子にいかない人生史 より】
私は、自然に他人と打ち解けるということは苦手でした。
そして、発達障害により、「他の子が理解できる状況も、話も、ルールも、分からない」ような子供だったため、余計に他者と交流することが困難でした。
特に苦しかったのが、医療系の大学に進学して受けることになった「病院などの施設の実習」です。
状況や話、ルールなどの理解の問題もありましたが
一番は「他人へどう寄り添えばいいか分からないこと」、つまり「相手への思いやりのかけ方が分からないこと」が辛かったです。
指導者様からは、散々扱き下ろされ、人格を否定されました。
患者様への配慮のテクニック、言葉選び等の指導をみっちり受けましたが
なかなか思うように身に付かず、実習の成績は最悪でした。
【アキのエッセイNo.37-他人と関わることが怖かったのは、他人に寄り添われ、受け入れられた経験が少なかったから より】
治療が展開するための条件
アキさんの記事を読んで、発達障害者支援について改めて考えさせられた。
発達障害の治療とは、『自分で自分を理解して、元気に生活していくことを目指す』ことであり、次のようなプロセスで治療は展開する、と前回の記事で書いた。
1 自分の発達特性を理解する。
2 自分の発達特性が、生活に活かせそうであれば活かす。
3 自分の発達特性が、自分や周囲の困りごとにかかわるものであれば、その対策を考える。
4 1~3に取り組む中で、不適応を起こしている状態から抜け出し、発達特性を持った元気な人になる。
私がアキさんの記事を読んで考えさせられたのは、1の前に0というフェイズ、治療が展開するための条件があるということ。
支援者の態度〜何をするかではなく、どうあるか〜
アキさんは、ご自身のコミュニケーション面の発達特性を自覚されている。
ただ、ある経験を通して、以下のような変化が起きたとのこと。
今の私は、ほぼ問題なく他人と関われていると思います。
いつの間にか、理解の問題が目立たなくなるほど、現職にて思う存分働けていますし
気が付いたら、職場(老健)のスタッフの方や利用者様に対して
積極的に話しかけられるようになっていました。
さらに、苦手としていた他者との協調や共感、思いやりも、自然と出来るようになっていたのです。
【アキのエッセイNo.37-他人と関わることが怖かったのは、他人に寄り添われ、受け入れられた経験が少なかったから より】
どのような経験が、アキさんにこのような変化をもたらしたのか。
その変化のきっかけとなる、ある事業所での出会いについても書かれている。
そこのスタッフの方々は、障害があることをマイナスに捉えることなく
自分の出来ることも出来ないことも含め
私のために一緒に悩み、考えてくれました。
自分を180度変えずに生きていい。
私は私でいいと初めて思うことが出来たのです。
【アキのエッセイーNo.1 作業療法士へ復帰に至るまで-トントン拍子にいかない人生史 より】
「自分を180度変えずに生きていい」
「私は私でいい」
きっと、クライエントがそう思えるところから治療はスタートする。
治療のプロセスがスタートするために必要なことは、アキさんの言葉を借りるなら、『私は私でいいと思える』とか、『他者から寄り添われ、受け入れられる経験』をするということ。
つまり、『存在そのものを、無条件で肯定される経験』をするということだろう。
それがあってはじめて治療が動き出す。
『1 自分の発達特性を理解する』
の前段階として、
『0 存在そのものを、無条件で肯定される経験をする』
というフェイズがあるということ。
いくらクライエントを分析する能力があろうが、検査を正確に取れる力があろうが、心理学の知識を持っていようが、それがクライエントのためにならなければ意味がない。
『存在そのものを、無条件で肯定される経験』を提供できなければ何も始まらないのである。
それは、スキルというよりも、支援者の態度に関わる部分で。
もしかすると、アキさんの実習先の指導者は、これまでの指導の経験から、作業療法士に必要な能力、これからアキさんが身につけておいた方が良い能力について知っていたかもしれない。
でも、仮にそれを知っていたとしても、その知識がアキさん上手く還元されることはなかった。むしろ自信を失わせる結果となっている。
その指導者の態度はきっと、実習生の存在そのものを無条件で肯定するようなものではなかった。
発達障害の治療に必要な支援者の態度、それは、発達障害の人を分析しようと意気込むことでも、社会の厳しさを教えることでも、もちろん「普通」の人にしようと頑張ることでもなく、まずは目の前の人をそのまま受け入れること。
発達特性をなくして「普通」の子にしようとする支援では、アキさんの言う「私は私でいいと思える」経験を提供することはできない。
もちろん、「自分の発達特性が困りにつながっているのでどうにかしたい」という人に対してお手伝いすることはできる。
ただ、そこに取り組むにしてもまずは「あなたはあなたで価値のある存在」ということを担保できてはじめてスタートする支援だと感じた。
それをアキさんに教えられた。
「発達障害」と診断されたあなたへ
どうしても支援者よりになってしまうが、本マガジンは、「発達障害」と診断された人のための「発達障害」の説明書である。
最後に「発達障害」と診断された人に向けて。
アキさんは、本マガジンのとある記事のコメントで、発達障害者が適切な支援者とつながれないことに対しての問題提起もされている。
発達障害の支援者や支援先は増えてきているが、やはり自分と合う支援者を見つけるというのは難しい部分もある。
ドクターショッピングのようになってしまって、継続した治療が受けられないことはマイナスであるが、かといって合わない支援者と長く付き合うことのマイナスももちろんある。
支援者の立場からしても、『存在そのものを、無条件で肯定される経験』を提供したいと頭ではわかっていても、相性の悪さからなかなかそれが難しかったり、支援者自身の問題が先行しすぎてクライエントを受け入れることが難しかったり、ということは往々にしてある。
中には『存在そのものを、無条件で肯定される経験』を提供することが必要なんて思ってもいない支援者もいる。
そんな支援者は、自分の知識や技術をひけらかし、「私はクライエントのことが理解できた」と高らかに宣言したりするが、それは自分の承認欲を満たすための行動でしかなく、クライエントのためには何一つなっていないのである。
と、そんな支援者がいるというのも事実。
だから、今現在良い支援者に巡り会えていないという人に伝えたいこととしては、もし可能であれば、何人かの支援者と会ってみてほしいということ。
あなたの存在そのものを、無条件で肯定してくれるような、そんな支援者に出会えますよう。
アキさんのこれまでとこれから
アキさんは、人との出会いを通して変化し、そしてこれまでを振り返って以下のように綴られている。
トントン拍子に行かない人生でしたが
今までの苦労は無駄では無く
全て今の私の肥やしとなっています。
苦しかったことも嬉しかったことも
全ての経験が私を育ててくれました。
トントン拍子に就職して
何の挫折もなく作業療法士を続けている人生では得られなかったものが
今の人生にはあります。
たくさん挫折、苦労をし
他人に寄り添われ支えられたからこそ
そのありがたみが分かりました。
そのまま作業療法士を続けていれば
仮に仕事が出来たとしても
支援を受ける側の気持ち、立場が理解できたか
疑問です。
この経験を活かし
私なりのやり方で人に寄り添える
作業療法士になろうと思います。
【アキのエッセイーNo.1 作業療法士へ復帰に至るまで-トントン拍子にいかない人生史 より】
これまでの苦しかった経験も嬉しかった経験も、発達特性も、すべて含めてこのようなことを心に生きていけるということ。
いろんな過去も含めて、今の自分を肯定して生きていけるということ。
それこそが発達障害の治療のひとつのゴールだと思える。
発達特性をなくして「普通」の人にしようとする支援ではここには辿り着けない。
改めて、支援のあり方を考えさせられる機会となった。
アキさん、ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。
次回予告
次回は、庭 陽光さんの記事を紹介させていただきたいと思う。
『自分で自分を理解して、元気に生きていく』
そのリアルな実践に触れ、私も考えを深めていきたい。
よろしければ、お付き合いいただけると嬉しいです。