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だから、僕はいつの日からか

未知のウイルスが世界を蝕んで--SF小説のような書き出しをまさか自分が書くことになるとは思わなかった--もうかなり月日が経ったような気がする。不要不急の外出を控えるようになって、外出といったらコンビニと家の往復くらいになった。

いつの間にか「必要な外出ってなんだっけ?」と思うようになった。パチンコがダメだとか、スーパーは1人で行けだとか、美容院は行ってもいいのか--そんなことが、さして大きな問題じゃなくなった。

これは別に政府への批判とか、そういうことではない。
あくまで、とりとめもない個人的な話であって、そしてどこまでいっても個人がその範囲を飛び越えて、誰かへ一般となって振りかぶることなんてない。
だからあくまで、個人的に、そして静かに、だ。

自分語りはよくないことだと、この前誰かが言っていたっけな。
個人的な話は聞いていて全くつまらないものだし、役に立たないから。

そう思う。心の底から、そう思っていたと思う。だから、なるべく現実と向き合いつつ、未来をいい方向へと導こうとしていた。つもりだった。

そうして、いつの日からか、僕は悪い夢をよく見るようになった。

悪い夢の中では、僕は怒られている。
何かから逃げたり、何かに襲われるような夢は最近見ない。というか、そんな夢を最後に見たのは、幼い頃の妹が蜂に刺されたところに出くわし、腰を抜かしたことから、時折トラウマの象徴として蜂が追いかけてくる夢だけだ。もう何年もそういう類の脅威的な夢は見ていない。

悪い夢の中の僕は、僕に対する指摘や説教に対してどもっていることが多い。
大体言い返せずに、それを受け入れていた。
でもきっと、何かを言い返したそうな顔をしていたと思う。

微妙な精神状態が2ヶ月も続いてくると、現実の僕も自然とそういう顔になる。仕事やプライベートの人間関係が壊滅的にうまくいっていないというわけではないけれど、とはいえうまくやっているような気もあまりしない。

それはあのウイルスのせいでそうなったのかと言われれば、たぶんそうだと思う。久しぶりに大嫌いだと言えるようなものに出会ったと、自分でも驚いている。

「この時代の波に乗ることが大切」
「この自粛期間中に何かスキルを身につけたり勉強をした人との差はこれから大きくなる」

やつらに「お前らなんか大嫌いだ!」と言ったところで、彼らはお家へ帰ってくれるわけではないから、このような前向きな姿勢はある種強烈で、合理的で、そしてわかりやすい指針になる。そうして僕も、勉強をしながら自粛開けを迎えようとする。
それ自体はとても良いことだ。誰も彼も、勉強する理由や学問そのものを否定することなんてできない。

当たり前だけれど、人生はウイルスがあろうとなかろうと進んでいく。漠然と描いた将来への距離は、どうしようもなく近づいてくる。逃げようとしたって無駄だ。それを拒んだところで、あくまで漠然とやってくる。よくない未来を思うくらいなら、よい未来を思った方がいくらかコストパフォーマンスがいい。だから、今この瞬間を無駄にすることなく、未来へ自分の可能性をベットする。勉強は本来、そんなことのためだけに機能しているわけじゃないのに。

勉強してスキルを身につけても、なりたい職業につけても、 幸せになるわけじゃない。将来のために今の時間を使うことは正当化されても、この現在自体を捨てることを正当化できるわけじゃない。
たぶん、もうそんなこと気づいているんだ。勉強する自分は好きかもしれないけれど、勉強していくことで、否定されていく自分がいることに、とっくに気づいている。

本当は、めちゃくちゃ泣きたいんだ。
なんで外へ遊びにいけないんだ、どうして映画すら見に行けないんだ、とても飲めたものではない290円の安酒が、どうしてこんなに恋しいんだ。
会いたい人にさえ会えない。温度も小さな息遣いも、電話からは届かない。
好きで好きでしょうがない彼女の手も、今は握れない。

生活が、大きく変わってしまった。みんなそうだ。僕だけじゃない。
1人だけ自粛しないなんてわけにもいかない。ウイルスと感情の話をしたいわけじゃない。あいつに話は通じないから、態度で示すしかない。

でも、突然奪われたこの日常は、時代の流れに置いてきてもいいのか、大きな「ズレ」として、なかったことにしてもいいのだろうか。
切り替えることだって必要だ。いつかは前を向かなきゃいけない。そうでもしないと、僕は本当に死にたくなってしまうだろうから。
でも、今はそれを、どうしても忘れたくない。

外出は、コンビニと家との往復になった。
赤とオレンジと緑色で、仰々しく「7」と記された看板。
人と会わないよう、余計なものに触れないよう、細心の注意を払いながら。
夜中なのに飲んでしまう、特別なカフェラテ。

自分が置き去りにしようとしてしまった、情けないほどまでに人任せで、わがままで、豚のような日常への依存。こいつを捨てて前を向こうとしたことを、彼らは夢で怒ってくれていたのだろうか。

明るい未来を選びたい自分と、心の奥底で「このままでよかったのに」と言いたげな顔をする自分とを交互に行き来しながら。

今朝の日差しは信じられないほど突然に、僕らに夏を見せた。
夏なんてこないと思っていた。夏は嫌いだったのに、身から出た汗はいつもより元気だった。

それがたまらなくうれしくて、「人任せで弱気な」僕はおそらくはしゃいでいた。一方で「自律的で前向きな」僕は、涙が出るほど噛み締めるように、その日差しを全身に浴びた。

思いっきり、前向きに現実を嘆く。
そうして、ようやく、そこに笑いが生まれてくる。

だから、僕はいつの日からか、悪い夢を見るようになった。

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原田 透
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