子どもにはたくさん現実の体験をさせた方がいい理由
みなさんこんにちは!
このところ,よく保護者の方から「テレビゲーム」についてのご相談を受けるようになりました。
最近のテレビゲームは本当にリアルで,VRなどは本当にその場にいるかのような臨場感があって,とてもすごいですよね。また,テレビで流れる映像も8Kカメラで撮影したものはとても綺麗で,家電量販店に行くとつい足を止めてしまいます。
どんどん身の回りに現実に近いようなバーチャル(仮想)が利用できるようになっています。そんな時代だからこそ,僕は現実の体験をたくさん子どもにして欲しいと思っています。今日は「子どもにはたくさん現実の体験をさせた方がいい理由」を書きます。(ゲームについてはまたの機会に。)
バーチャル技術は教育への可能性を広げる
言わずもがな,先述したとおり今のバーチャル技術には目を見張るものがあります。例えば,VR技術で手術の研修をしたり(https://www.med.nagoya-u.ac.jp/edu/nucsc/simulator/index.html),通販サイトの家具をAR技術を使って自分の部屋でシミュレーションしたり(https://blog.aboutamazon.jp/service_ar_view)することができるなど,多岐にわたって利用されています。
もちろん,教育分野でもバーチャル技術は大変注目されています。実際には体験が難しいこと(火山の噴火の様子を間近に見る,各国の首都を歩いて文化の違いを比較するなど)を,教室にいながらにして体験できるわけです。これは本当に素晴らしいことだと思います。
同時に,バーチャルの世界がより身近に,よりリアルになるほど,「現実世界での実体験」が大変重要になってくると考えています。それは,「バーチャル世界は人間によって作られる」からです。もっと言うと,「バーチャル世界は人間の“頭の中”の域を出ない」からです。
バーチャルと現実の違い
広大な野原,息を吸うごとに草や土の香りが感じられ,目を閉じ耳を澄ますと鳥の鳴き声や小川のせせらぎが聞こえる。肌にはそよ風が当たる…。この文章を読んで,イメージが湧いた方はおそらく今までの人生で似た状況を現実世界で経験されたことがあると思います。
バーチャル技術が進歩すると,現実に極めて近い体験をすることはできます。視覚はVR,聴覚はスピーカーやヘッドフォン,嗅覚や触覚も刺激する(匂いを出したり,風や水しぶきを当てたりなど)ことができます。しかし,現実の体験をした人であれば「そうは言っても,現実とはなんか違う」ことを感じるはずです。
ところが最近,子どもの中には「現実を知らない」子が増えているのを感じています。例えば以前,理科の授業をしていたとき「たんぽぽ」を見たことがないと言う生徒に出会いました。きっとどこかで目にはしているはずですが,意識して見たことがないのでしょう。その子にとって「たんぽぽ」は現実ではなく,教科書の中の植物ということになります。教科書という一種のバーチャル空間での存在なのです。驚かれるかもしれませんが,これからどんどんそういった人が増えてくると思います(現に,僕が生まれて初めて田んぼを体験したのは大学生になった時でした。少し前の日本だったら驚かれるでしょう)。
確かに,この世の全てのものを私たちが体験することは不可能です。その点において,仮想体験ができるバーチャルは大変有意義だと思います。しかし,いかにバーチャルが進化しても,現実のものとは「何か」が違うはずです。
*この「何か」について,1982年,オーストラリアの哲学者フランク・ジャクソンは「メアリーの部屋」という思考実験を提案しました。興味がある方はTEDにわかりやすい動画があるので見てみてください。
この「何か」について,21世紀の今でも明確な答えは出ていません。ですが,僕たちは感覚的に「何か」を知っていて,いかに疑似体験をしても現実とは違うことを理解することができるのです。
バーチャルがリアルになればなるほど,必要になる現実での体験
僕はよく,旅行番組を見て,何となく行った気になります。テレビというバーチャルで満足してしまいます。そして,そういう機会が以前に比べ増えているのを感じます。それでも旅行が好きで行くのは,「実際に行くと,テレビとは全然違う」ことを肌で知っているからです。もし,僕がそんな経験を一度もしていなければ,別に行きたいとは思わないでしょう。生まれてから現実世界を知らず,バーチャル世界だけで育ったなら(全てをバーチャルで満足するなら)その人は「実際にやってみよう,行ってみよう」と思わなくなるでしょう。(遠い未来では,映画「マトリックス」の人類のように,バーチャルだということさえわからなくなるのかもしれませんが!)
現実世界は本当に大変です。旅行だって,お金や時間や労力がかかります。とても大変です。その点,バーチャルはスイッチ一つで疑似体験することができます。本当に簡単で楽です。バーチャル世界にのめり込むのもよくわかります。しかし,あくまで僕たち人間は現実世界の生き物です。動物なのです。僕らがもし,子どもたちに「思い通りに生きてほしい」と望むのであれば,現実世界を体験させなければなりません。
いかに多くを体験したかが,分かれ道になる
バーチャルは「人が作った世界」です。人間が作ったルールの中で世界が完結しています。それゆえ,バーチャルがいかに現実に近くなっても,それが等しくなることはありません。バーチャルが人間の産物である以上,人の“頭の中”の域を出ることはありません。それに対し現実世界にはとてつもない広がりがあります。先述の野原の例で言えば,風は常に変化し,川の流れは二度と同じ流れを見せません。鳥の声も毎回が違います。つまり,現実世界は様々な「変数的」な出来事に溢れていると言えます。そしてそれらが無数に絡み合って存在し,さらに変化し続けています。まさに無限の世界です。
僕たちはこの無限の世界を生きています。誰にも先がわからない,誰にも正解がわからない,そんな世界です。だからこそ,いかに経験を積んでいるかが大切なのです。(竹刀を握ったことがない人が剣道の大会で優勝できないのと同じ。いかにその世界でたくさん経験するか。これはバーチャルも同様。)
そして,その無限の世界を身体全体で感じるプロが子どもです。何でも口に入れ,何でも知りたがり,どこへでも突っ込んでいく。この時期を逃して,この時期と同様の体験がいつできるのか,自分自身を振り返っても思いつきません。僕は子どもの時にいかに多くの現実世界を体験するかが,大人になった時に大きく影響してくると考えています。
ゲームだっていいじゃないか!
最後に,僕はバーチャルを否定しているわけではありません。「ゲームなんかしないで外で遊べ」と言っているわけでもありません。逆にゲームに没頭する中に得るものがありますし(僕も小学生の頃はドンキーコングを1日何時間もしていました!),バーチャル技術が進歩すればするほど,幼い頃からバーチャルに親しむことはとても大切なことだと思っています。しかし同時に,「バーチャルだけでは危ない」とも思っています。
今や人類にとって,バーチャルも現実も,両方大切なのです。どちらが優れているとか,どちらがより良いとか,そういうことではないのです。両者の性質をしっかり理解した上で,子どもの成長にうまくそれらをあてがってあげることが,子どもに対する我々大人の大きな役割なのではないでしょうか。
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