日本は210年も前からアッセンブルしていた!?作家が生きる"実の世界"と作家が作るファンタジーの"虚の世界"が交錯する奇跡の映画『八犬伝』
【個人的な満足度】
2024年日本公開映画で面白かった順位:64/122
ストーリー:★★★★★
キャラクター:★★★★★
映像:★★★★☆
音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★★
【作品情報】
原題:-
製作年:2024年
製作国:日本
配給:キノフィルムズ
上映時間:149分
ジャンル:伝記、アクション、ファンタジー、ヒューマンドラマ
元ネタなど:小説『南総里見八犬伝』(1814-1842)
小説『八犬傳』(1983)
公式サイト:https://www.hakkenden.jp/
【あらすじ】
※公式サイトより引用。
江戸時代の人気作家・滝沢馬琴(役所広司)は、友人の絵師・葛飾北斎(内野聖陽)に、構想中の物語「八犬伝」を語り始める。里見家にかけられた呪いを解くため、八つの珠を持つ八人の剣士が、運命に導かれるように集結し、壮絶な戦いに挑むという壮大にして奇怪な物語だ。北斎はたちまち夢中になる。
そして、続きが気になり、度々訪れては馬琴の創作の刺激となる下絵を描いた。北斎も魅了した物語は人気を集め、異例の長期連載へと突入していくが、クライマックスに差しかかった時、馬琴は失明してしまう。完成が絶望的な中、義理の娘(黒木華)から「手伝わせてほしい」と申し出を受ける──。
失明してもなお28年の歳月をかけて書き続けた馬琴が「八犬伝」に込めた想いとは──。
【感想】
※以下、敬称略。
滝沢馬琴(役所広司)という作家の半生と、彼が書いた『南総里見八犬伝』(1814-1842)というフィクションの世界を交互に見せる形の映画でした。観る前は「どちらか一方でもよかったのでは」と思っていましたけど、実際に観たら想像していたよりも面白くて、この2つの掛け合わせは正解だったなと感じましたね。
<江戸時代に作られた超大作>
日本人なら日本史の授業で習っている人も多いかもしれませんが、もともとは滝沢馬琴という江戸時代後期の作家が書いた『南総里見八犬伝』という今でいうファンタジー小説が元ネタです。これは滝沢馬琴が47歳で書き始めて完成したのは75歳のとき。実に28年もの年月をかけているんですよ。しかも、彼は73歳の頃に失明し、亡き息子の妻が口述筆記をして完成させるという奇跡のような作品です。その『南総里見八犬伝』をモチーフに、滝沢馬琴と葛飾北斎との交流を描いた「実の世界」と、『南総里見八犬伝』の「虚の世界」を交錯させながら描いたのが山田風太郎の『八犬傳』(1983)。この映画はそちらを原作としています(僕はいずれの原作小説も読んでいないのですがw)。
<2つの世界を掛け合わせた意図とは>
本作は、『南総里見八犬伝』のファンタジーな世界観を最新のVFXを用いて実写化すると同時に、滝沢馬琴が物語を書き始めてから亡くなるまでの半生を追っています。個人的には、SFやファンタジー、アクションが好きなので、先にも書いたように「虚の世界」だけでもよかったのではと感じる部分は正直ありました。でも、『南総里見八犬伝』自体は過去にも何度も映像化されているので、いくら映像技術が進化した現代で再度映像化したとしても、あまり過去作との差別化にはならなかったかもしれないんですよね。ちなみに、この作品を観る前に薬師丸ひろ子と真田広之の『里見八犬伝』(1983)を観たのですが、こちらがけっこうな予算をかけていて、1983年とは思えぬアクション超大作になっていたので、下手したら今の方が見劣りしてしまう可能性すらあったかもわかりません。で、滝沢馬琴の半生のみを描いても、これはこれで地味な形になってしまったと思うんですよね。葛飾北斎(内野聖陽)と仲良しだったという意外なエピソードもあれど、伝記映画って淡々と進むことが多いので、それだけで2時間持たせるのもちょっとしんどいかなーと。今、滝沢馬琴の伝記映画をやっても観る人ってそんなにいなそうですし(笑)
だからこそ、その2つを掛け合わせた原作が選ばれたんじゃないでしょうか。結果、それを映像化することがいい塩梅になったんですよ。スリルや興奮は"虚の世界"で、それらが生まれる背景や史実などの知的好奇心は"実の世界"で、それぞれ満たされますから。
<「虚」と「実」のそれぞれのよさ>
"虚の世界"で言うと、『南総里見八犬伝』は「犬」の文字が名字に入り、光の玉を持つ8人の戦士が集結して悪を討つ話で、現代でもありそうな設定ですが、そんな世界観がまさか210年も前からあったとは思いませんでしたね。紆余曲折を経ながら仲間を集め、ラスボスを倒しに行くのはRPGみたいで面白いです(むしろ、現代の人の方が親しみやすいかもしれません)。なお、8人の戦士は八犬士と呼ばれ、本作では渡邊圭祐演じる犬塚信乃がメインでしたけど、これが美しくも強い戦士でメチャクチャカッコいいんですよ。いや、本当に眼福ってこういうことだなと。1983年版では当時24歳だった京本政樹が演じていましたが、やはり美形の人が選ばれていますね(笑)ついでながらもうひとつ書いておくと、その1983年版では八犬士のメインは真田広之演じる犬江親兵衛でした。本作での親兵衛は藤岡弘、の息子である藤岡真威人が演じています。
「実の世界」で言うと、47歳からこんな超大作を書き始めて目が見えなくなっても完成させる滝沢馬琴の執念が凄まじいですよ。悪が勝ってしまう世の中だからこそ、正義を求める世界を書きたいという信念のもと、ひたすら書き続ける姿勢には感服しました。現代ではいろんな物語がありますから、何か思いつくにも参考になる作品はたくさん存在しますけど、滝沢馬琴が生きていた時代ってそんなにファンタジーな作品ないですよね。他の国にはあったかもしれませんが、当時は世界の情報なんてそんなに入ってこないでしょうし。そんな中でよくあんな世界観を考えつくなと感心します。ただ、ひとつ気になったのは時間経過ですね。「虚の世界」の物語が進めば進むほど、シーンが切り替わって「実の世界」になったときに滝沢馬琴たちが老いているんですが、前回からどれぐらいの時間が経ったのかがわかりません。何巻を何年に書いていたのかっていう正確な記録がないからのかもしれませんが、そこは個人的に知りたいところでした。とはいえ、シーンが変わるたびに書く場所も見た目もけっこう変わっていくので、相当な時間がかかっていたことは想像に難くありません。
<そんなわけで>
日本人なら観ておいて損はない映画だと思いますよ。ウィキペディアによると、「ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家」とのことなので、そこまで言われる人が作ったファンタジー小説ってどんなものなのか、歴史の勉強としても有意義だと思います。もしかしたら、これが日本で最初のアッセンブルかもしれませんね(笑)