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『怨恨殺人』

第一発見者は私だ。
その日は、いつもよりパートからの帰りが遅くなった。
そんな日に限って、夫から定時で終わったからと連絡が入る。
えてしてそんなものだ。
遅くなる旨を返信する。
お腹が空いてたら適当に食べて帰ってと付け加える。
それほど私の手料理にこだわる人ではない。
スーパーの惣菜との区別もつかない人だ。

結婚して12年。
子供はいない。
DVというほどではないが、数年前から、たまに私に手をあげるようになった。
理由は様々だ。
私の支度が遅れて、見たい映画に遅れそうになった休日。
飲みたいと言っていた銘柄のビールを買っていなかった夜。
朝のトーストが、少し焦げてしまった朝。
他愛もない理由だ。
誰にも相談などしていないが、多分そうだろう。
それと同じくして、体を合わせることもなくなった。

デスクの上を片付ける。
向かいの席の正社員の女性は、まだ帰る気配もない。
パソコンから目を離さずに、「お疲れ様です」とこちらに頭を下げる。
離れた席にいる上司に目をやると、手にしたスマホを指差している。
先ほど営業先から帰ったばかりだ。
私も正社員の女性に気づかれないように、軽くうなづいて部屋を出た。
建物を出るかでないうちに、スマホの通知音が鳴った。
帰ってからでいいだろう。
帰れば、多分あの人は手をあげる。
最近は、帰りが遅くなった時にもそうするようになった。
何をしていたと髪の毛を掴む。
仕事だと言っても聞かない。
どちらでもいいのだろう。
そんなことをする自分が情けなくて、それを理由にまた同じことを繰り返す。
あの人が寝た後に、スマホはゆっくり開こう。

明かりはついていた。
一度ため息をついた後、覚悟を決めて門を開ける。
結婚して2、3年した頃、夫の実家からの援助とローンで買った家だ。
子供部屋にしようと言っていた部屋は、今は物置になっている。

手にしたトートバックから鍵を出す。
しかし、玄関の鍵は開いていた。
あの人にしては珍しいことだ。
「遅くなってごめんなさい」
声をかけるが返事はない。
テレビの音は聞こえている。
廊下の右側のリビングに通じるドアを開けた。
思わず、悲鳴が出た。

警察が来るまでには冷静さを取り戻していた。
夫はテレビの正面のソファに斜めにもたれかかるようにして倒れていた。
背後から首筋を切り付けられ、スーツの上から脇腹を刺されている。
着替える間もなかったのだろう。
絨毯の上にはおびただしい血。
その横には、包丁。
それがいわゆる凶器だろう。
私の包丁ではない。
指紋、と一瞬慌てたのはまだ落ち着いてはいなかったのかもしれない。
私の包丁ではないと、もう一度言い聞かせた。
それ以外に部屋が荒らされた形跡はない。
サイレンがみるみる間に近づき、家の前で止まった。

「いい人でした。外でも恨みを買うようなことはなかったと思います」
刑事の質問に答えながら、内心驚いていた。
あたし以外に、あの人をこんなに恨んでいる人がいたなんて。
スマホの通知音がまた鳴った。





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