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『40歳定年制』は悪くない

『40歳定年制』という話を以前聞いたことがあったなあと思い、ざっとググってみました。

『40歳定年制』とは?

「日本の人事部」というwebsiteの記事からの抜粋です。

「40歳定年制」とは、内閣官房国家戦略室のプロジェクトチーム「国家戦略会議フロンティア分科会」が雇用流動化を推進する施策の一例として提唱している雇用政策案です。同会がまとめた2012年7月付けの報告書では、企業内人材の新陳代謝を促すために、企業に従業員の定年年齢を最短で40歳まで引き下げる早期定年制を認めるべきだとしています。(2012/8/10掲載)

国家戦略会議フロンティア分科会が当時の野田首相に提出した報告書の中で、以下のような提言がなされていて、そこから『40歳定年制』が議論されるようになったようです。

具体的には、定年制を廃し、有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに、企業には、社員の再教育機会の保障義務を課すといった方法が考えられる。場合によっては、40歳定年制や50歳定年制を採用する企業があらわれてもいいのではないか。もちろんそれは、何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、健康状態に応じて、70歳を超えても活躍の場が与えられるというのが前提である。こうした雇用の流動化は、能力活用の生産性を高め企業の競争力を上げると同時に、高齢者を含めて個々人に働き甲斐を提供することになる

また、『40歳定年制』というキーワードからは、東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授の名前が多数ヒットします。関連記事も沢山ありますので、更に深めるのに参考になりそうです。

『40歳定年制』について

私の『40歳定年制』議論への理解が不十分なことを承知で、話を進めます。私は、企業の『40歳定年制』採用には賛成です。

企業は、40歳になった従業員が会社を辞めて第二の人生に踏み出すもよし、会社に残って引き続き活躍を模索するもよし、という前提で雇用制度の設計をするでしょうから、従業員全員が40歳で解雇されるようなことにはならないでしょう。

企業の立場からみて、是非とも残ってもらいたい人材、どちらでもいい人材、できれば辞めてもらいたい人材、がいるのは当然です。『40歳定年制』を盾に、社内に巣食っているフリーライダー社員やローパフォーマンス社員を早めにかつ合法的に放逐できるのは、経営者にとっては朗報でしょう。

一方で、是非とも残って貰いたいエース人材を残留させるためには、待遇や労働環境が魅力的でなければならないので、会社側も真剣に制度設計をせざるを得ません。そこで働く社員にとっての幸福度は上がりそうです。

また、ある程度戦力としての計算ができて、社員教育コストもかからない有益な人材を、40歳定年退職者を労働市場から積極的に拾って雇用したい企業もある筈です。

プロ野球のトレードでの成功事例があるように、これまでの所属企業ではミスマッチで不遇だったり、燻っていたりした人材が、別の企業に移れば大活躍できる場合は絶対にあると思います。組織の中で飼い殺しになっていた人材が労働市場に出てきて、流動化することでより広い領域での適材適所が期待できます。

40歳を節目に戦力外通告を受ける人にとっては、シビアな世界になります。でも人生100年時代に、この先浮かばれる可能性の低いミスマッチな職場に窮屈な思いをして止まり続けるのが果たして得策なのか、冷静に考えるべきだと思います。

早目に別の職種や職場へ転換することは、個人にとっても、社会にとってもプラスになると考えるべきです。一般的な指標ではキャリアダウンだとしても、自分の労働力としての価値を早めに可視化できておいた方が長い目でみたらいいと思います。『40歳定年制』が定着することで、社員が日頃から研鑽を積んで実力を高めておいたり、社外人脈を構築したりするモチベーションにもなるでしょう。

人生100年時代に、これまで通りのパターンで生きるのは人生の不確実性が増す。

私の人生前半戦は、昭和時代のサラリーマン人生の常識がギリギリ通用していたと言えるかもしれません。サービス残業なんて当たり前で、貰い損なた残業代は少なく見積もっても数百万円レベルにはなるでしょうが、会社経費で報いて貰ったりしたこともあったので、損得で考えるのはあまり意味がないと思っています。人生100年時代と言われるようになった現在に51歳になっていて、ラッキーだったと思っています。今、40歳だったら、もっと自分の人生について危機感と閉塞感が募っていたと思います。

会社員として走り続けてきた人が、40歳前後で仕切り直しのために一度ピットインするのは丁度いいと思います。給油をし、タイヤを履き替え、ヘルメットのシールドの汚れを拭い、視界をクリアにし、リアウイングの角度を調節する時間があってよいと思うのです。

日本のヤバさは年々高まっていて、先人が蓄えた余力をどんどん吐き出しながら衰退の道を歩んでいます。現代に生きる日本人は70歳過ぎても労働が期待されるのは確実です。40歳くらいで一呼吸おかないとしんどいですよ。

『40歳定年制』は、特にやりたいことも見つからず、悶々と迷い多き人生を送ってしまいそうな人にはチャンスとなる可能性もあります。社会の荒波を自力で泳ぎ切る自信のない人が、リスクを抑えてサラリーマンをやるのは全然悪い判断ではありません。最長40歳までとゴールが決まっていれば、嫌でもその間に考える習慣が得られそうに思えます。

学制制度の見直しとセットで変える

『40歳定年制』の議論とセットで、9年間の義務教育、3年間の高等教育、4年間の大学教育という一律横並びの学制を変更したり、アレンジしたりすることも必要になってくると思います。

もともとの地頭がよくて学力が高い人は、平均的に提供されるカリキュラムでは物足りない筈です。そういう早熟の才人は、実力見合いにどんどん飛び級をして、早々に社会に出て一線で活躍したらいいと思うのです。並みの大人以上にデキるティーンエイジャーは無数にいますし、頭が柔軟なニューカマーの登場はあらゆる世界の新陳代謝を活発にすることでしょう。

逆に、小学校低学年の段階で授業についていけない学力の子が、現在の進級制度で学んでも、中学や高校で習う学習内容を完全に理解するのは難しいのではないでしょうか。学習意欲を失って意義の低い学生生活を送るなんて、勿体無い話です。個人の能力に合わせて義務教育期間を延長し、じっくりと時間を掛けて実力を蓄えてから社会に出たらいいと思います。多様性という観点からも一考に値するアイデアだと思うのですが……

ある程度働いた後で、あらためて学校に入り直すのもありでしょう。学びの場は、社会人にもっとオープンでいいと思います。50代、60代で高校や大学に戻って、学び直す機会があった方が、人生は豊かな気がします。

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