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📖#4 天皇に身も心もお仕えした乙女の打ち明け話『讃岐典侍日記』

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明け方になり、朝を告げる鐘の音が聞こえます。
お掃除の音も聞こえてきて、すっかり朝になったのだと確信し、私はほっとしました。

他の人たちが起きたら帝の看病を替わってもらおう。それまでは少し休もうと思って、格子こうし(上げ下げする窓のようなもの)を上げて、灯りも片づけてから、私は単衣ひとえ(着物のこと。掛け布団のようにしていた)をかぶって寝ようとしました。
そんな私の様子をご覧になっていた帝は、私の単衣を引いて取り去ってしまわれました。
「寝るな」ということなのだろうと思い、私は起き上がって、引き続き帝のお傍におりました。

しばらくして、

大臣「昼間の帝の看病は、こちらで何とかしますから、あなたは休みなさい」

と大臣様がおっしゃるので、私は帝のお部屋を退出しました。
控えの間に戻ると、私に仕えている侍女たちが待っていました。

侍女「ご自身のお体がしっかりしていてこそ、十分な看病が出来ると思います。だから、ご主人様は無理なさらないで休んでください」

と心配してくれました。

帝は長子ちゃんに看病して欲しかったようですが、さすがの長子ちゃんも体力の限界です。

帝の精一杯の「いかないで」アピールに後ろ髪を引かれる思いでしたが、周りの人に説得されて、長子ちゃんはお休みします。

……大臣、まるで自分が看病するみたいな言い方だけど、こいつ絶対に看病しないだろうな。帝のこと、なめてるから。


それから間もなく、使いの者がやってきて、「参上なさってください」と私を呼びに来ましたので、帝のところに戻りました。

乳母様が帝を抱き起こしなさって、私は小さなお膳にほんの少しだけのご飯を帝に差し上げます。
今日の帝は、とくに苦しそうです。

いつもでしたら衣擦きぬずれの音がするので、私が後ろを向いていても、大臣様が来たのだとはっきりと分かりますが、この頃は誰もが病気の帝に気をつかって、衣擦れの音をさせず静かに動いていたので、私は大臣様がいらっしゃったことに気づきませんでした。

帝「大臣が来るよ」

帝は大変苦しそうな中で、私に教えてくださいました。
なんてお優しいんだろうと、私は感激して涙が浮かびました。
そんな私を帝は不思議そうにご覧になって、お食事はほとんど召し上がらないまま横になられたので、私も添い寝しました。

どうして長子ちゃんが、帝が「大臣が来るよ」と教えてくれたことに感動しているのかというと、平安時代の高貴な女性は家族などの一部を除き、男性に顔を見せるのは、はしたないとされていたから。

御簾みす(ブラインド)越しだったり、おうぎで顔を隠したりして、男性と会話をしました。

そういうわけなので、帝は「大臣が来るよ(だから、来ても大丈夫なように準備しなさい)」と知らせてくれたのです。

自分は死にそうなのに、長子ちゃんのためを思って声を出してくれたので、長子ちゃんは感激したというわけです。

尊いご自身の命よりも、長子ちゃんのことを気遣ってくれるなんて、胸キュンポイントですねー!

帝がこのような病状ですので、大臣様は夜も昼も関係なく、いらっしゃいます。
大臣様が政治のお話をしにいらしているのに、私が帝のお傍でずっと看病しているのは失礼な気もしますが、乳母様が「こんなときに遠慮している場合ですか」とおっしゃるので、私はそのまま帝にお付き添いしています。

大臣様がいらっしゃると、帝はお膝を高く立てて、その後ろに私を隠してくださるので、私も単衣ひとえを頭からかぶり、うつ伏せになって静かにしていますと、

大臣「占いの結果では、こうでした、ああでした。祈祷は、あれとこれが始まりました。19日からが吉日なので、儀式はそれまで延ばしてから行われます」
帝「それまでに私の命はもつだろうか……」

そんな会話が聞こえて、私は悲しくて涙が止まりませんでした。

胸キュンポイント2つ目。
『讃岐典侍日記』で屈指の有名シーンです。

瀕死の状態なのに、お膝を立てて長子ちゃんを隠してくれる(守ってくれる)帝。
「帝が苦しい中、私のために行動してくれた!」
これはキュンとしちゃいますよねー。

今でいうところの、傷ついてボロボロになっているヒーローが、それでも最後の力を振り絞ってヒロインを助ける感じでしょうか。
これは、いつの時代でもキュンキュンするシチュエーションですね!

単衣をかぶるのは、「衣被きぬかづき」といいます。
こうすることで、「私はここにいませんよ」と表す公認のサインでした。

歌舞伎の「黒衣くろご黒子くろことも)」が舞台に出てきて、役者の補助をするけど、透明人間とみなされているのと同じですね。

……いや、見えてるけどね!!
ごそごそ動いてるの見えてるけどね!!

それは言わないお約束であり暗黙の了解。
日本には空気を読んでおくことが多いですけど、これもそうですね。

帝は中宮ちゅうぐう様(正妻)と二人きりでお話をされました。
お話が終わり、中宮様がお帰りになられたあとの帝のお顔はすっきりとされていて、

帝「今日は少し夜が明けたようなさっぱりした気持ちだよ」

とおっしゃられて、それを聞いた私の嬉しさは何にもたとえられないのです。

正妻と久々に会話出来て嬉しかったのか、帝は少し元気になりました。

正妻であっても、普段は同じ敷地内の別の建物に住んでいるので、毎日は会えません。
夫婦水入らずでお話し出来て、帝はとても嬉しかった様子。

こんなことを聞かされたら、愛人としては嫉妬してしまいそうですが、長子ちゃんは「帝がすっきりされたようで嬉しい」と素直に喜んじゃう。
なんて健気な!!

17日の日暮れ、明け方に退出した乳母様が戻って来ると、

乳母「ああ、大変! 昼の間、拝見しなかった間に、れてしまっているわ」
帝「何を言っているの」
乳母「昼の間に、帝のお体が腫れてしまわれたと申しております」
帝「今は耳も満足に聞こえないよ」

と、おっしゃる帝の姿は、とても弱弱しく見えるのです。

ずっと帝のお傍にいる長子ちゃんは、帝のお体の腫れに気づかなかったんでしょうか?
たぶん、気づいていたけれど、帝のお体が悪くなっていくのを正直に口に出すのは遠慮したのだと思います。
帝を傷つけてはいけないですし。

でも、この乳母は言っちゃうんですねー。
余計なことばかり言う人って、いつの時代にもいるんですね。

しばらくしてから、

帝「今度こそ、もう駄目なときだと思うよ」
長子「どうして、そのように思われるのですか」
帝「僧侶があんなに熱心に祈っているのに、その効果があるとは思えないし、ますます悪くなっている気がするから、私はもう駄目なのだと思う」

帝のお言葉を聞いた、そのときの私の気持ちをなんと言ったらいいのでしょうか。

いつも具合の悪かった帝でしたが、今度こそは本当に駄目なようです。

僧侶のお祈りに効果があるかどうかは別として、帝は自分の最期を自覚していました。

長子ちゃんにだけ、弱音を伝える帝。
でも、長子ちゃんはそんな弱っていく帝に何もしてあげられません。
かなしいですね。


続きます。


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