📖#1 「人生は運ゲー！成功もお金も運次第なんてひどい！」江戸娘、狂った社会に物申す『独考』

皆様、こんにちは。
ごきげんいかがですか。
マリナデシコです。

これを書いている現在、我が国は円安や増税で、えらいこっちゃになっています。
かく言う私も、銀行口座の残高を眺めては、溜息をつく日々でございます。

「あーあ、お金ことを心配せずに、毎日楽しく生きていきたいなー」
「普通に生きるだけでも大変なのに、なんでお金のことで悩まないといけないんだよー」

そんな現代日本人と同じことを、今から２００年前の大和なでしこも悩んでいました。

その大和なでしことは、只野真葛ただのまくず。
本名は工藤あや子。
江戸時代後期の文学者です。

このおねえさん、２００年前の女性とは思えないくらい、現代人みたいな社会への不満を本に書いているんです！

たとえば、

「家庭が崩壊するのに、どうして男の人は不倫するの？」 
「誰よりもお金を手に入れてやろうと自分勝手な人ばかり。どうして他人を蹴落としてまでお金を稼ごうとするの？」
「悪いことをしている人が成功して、どうして良いことをしている人が損をするの？」

こんな感じに、恋愛や経済、人生についての真葛ねえさんの考えが書かれています。

これまで私がご紹介してきました『昔の乙女が書いた古典』は、平安時代ばかりでしたけど、それは私が「ビバ！　平安時代！　貴族社会の女流文学こそ最高！」と思っていたからではなく、他の時代では女性の作家が少ないからなんです。

鎌倉時代以降、武士が戦う物騒な時代に入ってしまったので、女性たちが本を書き残す余裕がなかったのも原因とされていますが、平和になった江戸時代でも女性作家は多くありません。

というのも、当時の常識では、

「女性は子どもの頃は親に従い、結婚したら夫に従い、出産したら成長した子どもに従うのが、正しい生き方である」

とされたので、女性は家族のために一生を捧げるのが大半でした。
これが、寺子屋（当時の小学校）で、女の子専用の教科書に掲載されているんだから、ひどいですよねー。

「自分で考えることはせず、親や夫に素直に従っていればよい」とされている環境では、自分を表現するために筆を持つなんて考えられません。

そんな大半の女性が思考停止になり、自分のためではなく誰かのために生きていた時代に、なぜ真葛ねえさんは自分で考えることが出来て、社会への不満や疑問を書き留めることが出来たのかというと、真葛ねえさんが特殊な境遇にあったからに尽きます。

▼真葛ねえさんが当時の江戸娘とかけ離れていた理由

1. 江戸の町で一番のインターナショナルな家で育つ

2. お殿様の奥方様にお仕えするハイクラス職場に就職

3. 「もっといい男と結婚できるかも？」と期待していたら結婚適齢期をのがす

4. 超年上じじいと結婚して即離婚

5. 仙台の子連れ武士と再婚し、出産未経験のまま、３兄弟の母になる

当時の日本で最高の国際的な家庭に生まれて英才教育を受け、ハイクラスな職場に就職して一流の礼儀作法を身につけ、結婚後１年もせずにバツイチになり、３人の子持ちと再婚。
現代の感覚から見ても、なかなかの濃い人生ですよね。

• この時代、日本は鎖国していたので、庶民が外国の商品や書物を目にする機会は滅多になかったけれど、真葛ねえさんの家にはたくさんあった

•  大名のお屋敷で雑用係として就職するだけでも大変だけど、真葛ねえさんは父のコネで最初から高い役職に就職できた

• 良い家柄の娘にとって離婚は恥とされたけど、真葛ねえさんは当時としては遅い年齢で結婚して速攻で離婚した

という、江戸中探しても、真葛ねえさんと同じような境遇の江戸娘はいなかったでしょう。

作者：只野真葛ただのまくずねえさんのプロフィール

まずは、作者である真葛ねえさんのプロフィールをご紹介。

• お名前：|只野真葛《ただのまくず》（本名：工藤あや子　真葛は家族間のあだ名であり、のちにペンネームになった）

• 生年：1763年～1825年（ペリー来航２８年前に亡くなった）

• 江戸の日本橋に住んでいた仙台藩お抱え医師の長女

• 生まれも育ちも江戸のシティーガール

• とてもファザコンで、とても兄弟思い

• 真面目で自己犠牲しがち

• 責任感と使命感が強い

• スピリチュアル的なことを信じていた

• 父：工藤平助（仙台藩医の工藤丈庵の養子）松前藩藩士や長崎にいる通訳から情報を集めて、ロシアに対する国防問題や貿易についての本を執筆。当時の老中である田沼意次に注目されていた。

• 母：桑原遊。仙台藩医、桑原隆朝の娘。

真葛ねえさんの著作は多いのですが、その中でも『むかしばなし』には自分の家族のこと、『独考ひとりかんがえ』には江戸社会への不満が書かれています。

『独考ひとりかんがえ』を楽しむ前に、まずは『むかしばなし』で真葛ねえさんの生い立ちを知ってから、真葛ねえさんがどうして『独考ひとりかんがえ』を書くことになったのかをご紹介します！

真葛ねえさんのファミリーヒストリー『むかしばなし』

『むかしばなし』の序文はコチラ。

これは、幼いころに母を失くしてしまい、母のことを知らないで育った私の２人の妹たちのために書いたものです。

真葛ねえさんは７人兄弟の長女で、兄弟には一人一人、秋の七草にちなんだ、あだ名がありました。

長女の真葛ねえさん（あや子）：葛くず
長男：藤袴ふじばかま
次女：朝顔（キキョウ）
三女：女郎花おみなえし
次男：尾花おばな（ススキ）
四女：萩はぎ
五女：撫子なでしこ

秋の七草

家族間のあだ名を秋の七草からとるなんて、さすがは仙台藩お抱え医師のお子様ですよね！
賢くてお上品な家庭なんだろうなーと想像できます。

真葛ねえさんは自分のあだ名「葛」が、初めは好きではなかったようです。

真葛ねえさん「葛だなんて、人間のクズっぽくて嫌だわ」

と思っていたけれど、

真葛ねえさん「葛は葉を広げて弟や妹を守るから、長女の私にぴったりね！」

と思い直して、ペンネームにつけるほど、お気に入りになりました。
兄弟思いのいいお姉さんですね。

一番下の妹は真葛ねえさんと２３歳差なので、亡くなったお母さんのことを覚えていません。
それを可哀想に思った真葛ねえさんが、お母さんのことを伝えるために『むかしばなし』を書いたのですが……内容は母のことから外れて、どんどん脱線していきます。

工藤家のお家が傾いたのは妬みのせい！

私たち工藤家のお家が傾いてしまったのは、母の実家である桑原家の妬ねたみや恨みが原因です。
母の弟の乳母が、祖父母が母ばかりをかわいがるのをねたんで、母に意地悪しました。

母が嫁いでも、母の弟はお金のことで、嫁ぎ先の工藤家にまで迷惑をかけて、工藤家が裕福になっていくのをねたんで悪口を言いました。
さすがのお父様も怒って、一時は離婚騒ぎになったことがあったそうです。

のちに、工藤家が火災に遭ったり、後継ぎが次々と亡くなってしまったのも、すべてはこの意地悪な乳母の妬ねたみのせいなのです。

工藤家は仙台藩お抱えお医者様の家柄で、とてもお金持ちでした。
ところが、真葛ねえさんが『むかしばなし』を書くころには貧乏になってしまい、後継ぎがいなくなってしまったので、母方の桑原家に乗っ取られてしまいました。

それが、ファザコンで家族大好きの真葛ねえさんには耐えられず、工藤家が傾いてしまったのは「母方の桑原家の乳母のせいだ」と本気で信じていたようです。
うーん……実際にはどうなんでしょうか？

本田和子さんの書かれた『江戸の娘ものがたり』には、

・真葛は母方の桑原家をののしっているが、自分にも桑原家の血が流れているのだから、自分にも悪口を言っているようなものだ
・桑原家から養子が入ったからこそ、工藤家が続いたのに感謝しないのはいかがなものか

と、冷静なご意見が書かれていたのですが、うーん……。
仲良くない親せきというのは本当に厄介で、たとえ血がつながっていても嫌なものは嫌だし、分かり合えないものだと思いますよー。

お金持ちの実家で当時最先端の知識に触れる

お父様は、仙台藩伊達家お抱えの医師でした。
お父様は医業だけでなく、人柄もすばらしいと有名でした。

日本を越えて外国まで、お名前が知れ渡っていて、長崎や松前からも、お父様を慕って人がやって来ました。
お父様を訪れる人はひっきりなしで、贈り物も山のようにいただいて、屋敷には千両箱が何個もありました。

お父様は名医で、ご主君の伊達様ばかりでなく、よその大名家からも診察してほしいとお声がかかりました。
そして、趣味人でもあったので、お父様は豪華な庭や立派なお風呂場をつくって、連日いらっしゃるお客様をおもてなししました。

お父様はとてもイケメンだったそうで、若いときは役者のような美貌で近所の女性を騒がせたそうです。

お父様は医学の本を輸入する関係で、オランダやロシアといった外国のことも詳しかったので、当時の優秀だった方々、村田春海むらたはるみさま（国学者）や青木昆陽あおきこんようさま（サツマイモを普及させた蘭学者）、林子平はやししへいさま（経済学者）たちとも交流があり、外国に詳しい学者の方や通訳の方もお見えになりました。

私は、当時の女性としては大変珍しく、日本国内はもちろん、国外の知識も得ながら、毎日明るく楽しい江戸暮らしを謳歌しておりました。

これでもかと、お父様を褒めたたえておりますねー。
真葛ねえさんが、いかにファザコンか、お分かりいただけたかと思います。

・お父様は名医
・お父様は性格も最高だし、おもてなしセンスも最高
・お父様はイケメン
・オランダと交易のある長崎や、ロシアと交易のある松前（今の北海道）から外国の情報や品々が入ってくる
・お屋敷にはお金がいっぱい
・そんなお父様の娘である私は、国内外の知識を身につけつつ、ハッピー江戸ライフを満喫

……自慢が多くて、ちょっとだけイラッとしますね（笑）

恵まれたお家に生まれた真葛ねえさんでしたが、彼女の人生は順風満帆とは遠いものでした。

続きます。

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