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自分と正直に向き合う


 去年の春、心地よい青空と温もりを感じ始めた日差しの中で、一体どれくらいの人が「コロナ」という文字が一年後もニュース画面を闊歩していると予想していたことでしょう。変化したライフスタイルは、もはや一時的とは言えないような定着を見せ始め、いわゆる「ニューノーマル」がただの「ノーマル」になりつつある今日この頃、お陰様でこの一年の間、私にもたっぷりとした思慮の時間がありました。

 仕事が忙しいことは良いことだという強い思い込みのもと生きていた頃は、疲れ果てるまで忙しい状態であることに文句を言いながらもどこか喜びを覚え、それに伴い得られた収入で無駄使いをし、ただストレスだけが積み重なっていく「消耗する」生活をしていたように思います。そして自らがどんどんすり減っていることにも気が付かないまま、時だけが流れ、もはや取り返しのつかないような深いところまで削れてしまっていたことに、最近やっと気が付きました。虫歯は痛みを感じるようになった時にはもう手遅れなことが多いのとまさに同じように、以前の私はいつの間にか黒い大穴に足を取られたまま、ジタバタと悪あがきを繰り返していたのです。

 コロナウイルスの世界的流行がきっかけとなり、外出自粛期間が始まるとともに仕事がゼロになり、家族全員が自宅にいる毎日の中で、心に不安が広がっていくのと同時に何故かホッとしている自分がいることに驚きました。家族が一緒にいつも家にいられることに、この上ない喜びと感謝を覚えたのです。このままでは生活が成り立たないのではないかと、極めて常識的な考えが頭を掠める中、とても贅沢な時間をじわじわと日々感じていました。

 そして周りの人たちがどんどん仕事の方法や生活スタイルを変えていく中、私自身は一体どうしたいのだろうかと迷い、考え、まだ見ぬ答えを手探りで探し始めたのです。本当はどうしたいのか。本音で言えばどう生きたいのか。究極的に自分自身の心の奥底と正直に向き合うことは決して楽な作業ではなく、なかなか出てこない結論に苛立ったり不安が増幅したりすることも多々ありました。ここで耳障りの良い、既視感のある、優等生的な答えを用意することは簡単だったのですが、それでは全く意味がないのだと思い、ひたすら心を無にしてみようと瞑想に挑戦してみたり、あれでもないこれでもないとトライアンドエラーを繰り返してみたり。そんな時間が半年以上続きました。

 そんな文字通りの暗中模索な日々を過ごしていたある時、実は全ては自分の勝手な思い込みが事態を複雑にしているだけなのだと気が付きました。脳がリフレッシュされたような感覚を覚え、視界が開けて世界がリニューアルされてしまったように感じたのです。目の前のことも自分自身も、物理的事実は何一つ変わっておらず、仕事は相変わらず減ったままにも関わらずです。

 始まりは本当に些細なことでした。日常にある偶然の一致に気がつき始めたのです。それを人によっては「シンクロニシティ」という単語で呼ぶらしいのですが、その難しそうな呼び名や理論はひとまず全て傍に寄せ、偶然よく目にする言葉や出来事に少しだけ意識を向けてみました。そういう縛りのあるゲーム、小さい頃にやっていた「ごっこ遊び」のような感覚です。そして何気なく始めたその遊びは、次から次へと小説のような偶然を生み出し始めます。自分に必要な物や人が何故か目の前に現れるようになり、突然あらゆる歯車がうまく噛み合って勢いよく回り始めたのです。

 ちょっとした「遊び」により変化を感じた私は、あらゆることは考え方次第なのだということをやっと本質的に認識することができました。目の前に起きた出来事への捉え方を変えるだけで、世界は180度ひっくり返るということ。それはいつでもどこでも誰でも無料で、ただ思考の癖を変更するだけで出来るのだという、なんとも詐欺まがいのような文章で完結してしまう話だったのです。
 
 奇跡は常に自分のすぐ隣に転がっていました。灯台下暗し。見たいと思い込んでいることしか見ることができない事実に愕然とした2021年の春。これからは誰かが決めたルールに即する必要はなく、どこへでも好きなところへ進んでいけるのです。
 忙しさを言い訳にして自分自身の本心から目を背けたままでは、私は決してこの結論には辿り着けなかったことでしょう。本心と向き合うことは人によってはとても辛いことかもしれません。おそらく辛いと感じる分だけ、これまで自分の本心を無視したり蓋をして見ないようにして逃げてきた期間が長かったということなのでしょう。慣れ親しんだ方法から離れることはとても大きなエネルギーを必要とします。コロナのこの混乱がなければ、わざわざ大きな労力をかけてまで深く思考しようとは思えなかったかもしれません。
 正直もちろん大変なことも多いのも事実ですが、「明日は常に失敗のない新しい一日」という赤毛のアンに出てくるフレーズと思い出しながら、じわりじわりと前進しています。

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