クレーの天使 ことばの力は心の強さを試すだろう 谷川俊太郎の詩に寄せて
『クレーの天使』
Paul Klee & Shuntaro Tanikawa
絵 Paul Kree /詩 谷川俊太郎
もう何年も前に、東京都現代美術館のミュージアムショップで買った一冊。
これは私の宝物のひとつです。
クレーの描くたくさんの天使たちに谷川氏が詩をつけたもの。
生きるっていうことを、いろんな言葉で人はつむぐけれども、
私にとっての真実は、谷川俊太郎氏のこの詩の中にあるとしみじみと感じられる一冊です。
娘が0歳だったころ、この詩集を何度か読んであげました。
祝福とともに。
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「鈴をつけた天使」
Scbellen-Engle 1939
ほんとうにかきたかったものは
けっしてことばにできなかったもの
すずをつけたてんしにくすぐられて
あかんぼがわらう
かぜにあたまをなでられて
はながうずく
どこまであるきつづければよかったのか
しんだあとがうまれるまえと
まあるくわになってつながっている
もうだまっていてもいい
いくらはなしても
どんなにうたっても
さびしさはきえなかったけれど
よろこびもまたきえさりはしなかった
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どうもてんしはこの世のものではないらしい。
てんしはモーツァルトのソナタのすみっこにいたり、
としおいたきのねんりんにまぎれたりしている。
そしておそらくいちばん有名なクレーの天使。
あの、すこやけきという表情でお祈りをする天使。(表紙の天使です。)
それには、下記のような詩が添えられています。
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「忘れっぽい天使」
Vergesslicber Engel 1939
くりかえすこと
くりかえしくりかえすこと
そこにあらわれてくるものにささえられ
きえさっていくものにいらだって
いきてきた
わすれっぽいてんしがともだち
かれはほほえみながらうらぎり
すぐそよかぜにまぎれてしまううたで
なぐさめる
ああ そうだったのかと
すべてがふにおちて
しんでゆくことができるだろうか
さわやかなあきらめのうちに
あるはれたあさ
ありたちはきぜわしくゆききし
かなたのうみでいるかどもははねまわる
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文脈や行間ではなく、
ただその言葉の力と率直さに胸が熱くなる。
どんなに言葉のあふれている現代でも、
こんなにまっすぐな角度で心にとびこんでくる言葉には出会わない。
ことばの力は心の強さを試すと思う。
だからこそ、わたしたちには天使が必要なのだ。