【読書】ただの「面白動物エッセイ」ではない~『ソロモンの指環』(コンラート・ローレンツ著、日高敏隆訳)~
*この記事は、2018年8月にブログで公開したものに加筆修正を加えたものです。
『ソロモンの指環』がEテレの「100分de名著」で取り上げられていて、「そういえば、うちにあるのに読んだことなかったなぁ」と思ったので、読んでみました。
正確に言えば、上記の文庫本ではなく、下に挙げた、同じ早川書房のハードカバーですが。
家の内外に動物を基本的に放し飼いにして観察することから生まれる、ローレンツの悲喜こもごもの日常が描かれている、楽しいエッセイです。動物から娘を守るため、奥さんの提案で娘をおりに入れたという「逆おりの原理」の発想は強烈でした。
一方で、「なにを飼ったらいいか!」の章では、「その動物の精神的肉体的健康に必要なものをなに一つ欠かさないように、最大の配慮」を求めるなど、現在の安易な気持ちでペットを飼う人に読ませたいようなことも書かれています。
ただ、読んでいるうちに非常に気になってきたのは、本文中のエピソードの時代背景。オーストリア=ハンガリー帝国時代のウィーンで1903年に生まれ、研究生活の多くをドイツで過ごしたローレンツは、もちろん第一次世界大戦・第二次世界大戦を経験しています。
なのにその影が、ほとんど感じられないのです。わずかに「忠誠は空想ならず」の章で、「私が戦争で留守にしていた間」と「この雑種たちは戦争中も無事生きのびた」という2ヶ所の記述があるだけです。
調べたら、ローレンツは1938年にナチ党に入党し、軍務についてじきに、戦後にかけてソ連軍の捕虜となっています。捕虜収容所でも、そんなに大変な思いをしていなさそう。
「モラルと武器」では、場合によっては肉食動物以上に同類に対し残酷な草食動物の振る舞いに心を痛めているローレンツですが、ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺をどう思っていたのだろうと、気になりました。同じく「モラルと武器」で、「一撃で仲間を殺せるほどの武器を発達させた」人間に対し、「その武器の使用を防げるような社会的抑制」を創りだすことを呼びかけているのは、彼の良心なんだと思いますが。
単なる「面白動物エッセイ」ではない、背景に複雑さを秘めた作品だと思います。
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