見出し画像

『ひまわり畑とぼうしの子』

どこまでも広がる、青い空。
その下で、ひまわりたちが、胸をはって並んでいます。
それはもうぎっしりと、ずっと遠くまで続いているのでした。

しかし、たくさんなのは、ひまわりだけではありません。
むしろ、もっと多いのは…

ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

そうです。
ひまわりの間では、数えきれないほどのハチが、飛び回っているのです。

「おかあさん、ハチに刺されたら痛い?」
小さなひろくんが聞きました。

「うん、痛かったよ。針というより、ナイフって感じかな」
つい口がすべったおかあさんは、しまった!と思いました。

「ナイフ?」
ひろくんは、真っ白なぼうしのつばをぎゅっと引っぱると、服にハチがついていないか、よーく確かめました。

「いじめなければ、刺さないよ…」と、おかあさんが言いかけた、そのときです。
乾いた風がひまわり畑をざわざわとゆらし、ハチがいっせいに飛び立ちました。

ぶーん、ぶんぶん!
ぶーん、ぶんぶん!

「おかあさん!おかあさん!」
ハチの羽音にまじって、ひろくんの泣きそうな声。

「ここにいるよ!ぼうしが、どこか行っちゃったね」
おかあさんは、ひろくんを抱きよせると、あたりを見回しました。
しかし、ぼうしはありません。

まもなく、風もハチも穏やかになりましたが、
「ぼく、帰りたい」
と、ひろくん。
もう、ひまわりどころではなくなってしまいました。

おかあさんも、無理にここにいても仕方ないと思い、
「ぼうしを見つけてから、帰ろうか。熱中症になったら大変だからね」
そう言って、ひろくんの頭にタオルをかぶせました。

「何か、お探しですか?」
知らないおばさんの声がしました。

「あっ、はい、子どものぼうしなんです」
「まあ!この陽気では、ないと困りますよね。私も探します」
「すみません。ありがとうございます。ぐるっと、つばのある白いぼうしで、赤いリボンがついてるんです」

その会話が聞こえた人たちも、めいめいに葉っぱをかきわけて、ぼうしを探してくれました。

「なんだ、なんだ?」
急にひまわり畑がかき回されて、驚いたのが、ハチたちです。

「ぼうしを探してるんだって」
「子どものぼうしだよ」
「ないと、病気になるんだって」
そんな話が、ハチたちにも、あっという間に広まりました。

ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

忙しく飛び交いながら、ハチたちは、歌いました。


ぼくらが 何匹いると思う?
一万匹?
十万匹?

待ってて 待ってて ぼうしの子
すぐに 見つけてあげるから


やがて、
「ねえ!あれのことかなあ?」
一匹のハチが、上の方から叫びました。

真っ白で、赤いリボン。
小さな、子どものぼうし!

これに違いありません。
ちょっと離れたひまわりに引っかかっているので、地上からは見えないのです。

「やったぞ!でも、どうやって届ける?」
「ぼくらの力じゃ、運べないよ」
「そうだ!みんな、ぼうしの上に集まって!」

ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

続々と、ハチがやってきました。

「せーのっ!」

みんなで持ち上げるのでしょうか?

いいえ。
ハチたちは高く高く飛び上がり、ぼうしの真上で、輪になって踊り始めたのでした。

ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

ぼくらが 何匹いると思う?
一万匹?
十万匹?

気づいて 気づいて
ぼうしの子
ぼくらが 見つけてあげたから

次から次へとハチが加わり、ダンスの輪は、だんだん大きくなっていきました。
まるで、この畑で一番りっぱなひまわりみたいです。

「まだ、気づいてくれないね。よし、リズム変更!」

ぶんぶん、ぱーっ!
ぶんぶん、ぱーっ!

真ん中に固まっては散り、固まっては散り。
花火みたいなダンスに、変わりました。

「あれは、何だ?」
「ひまわり?じゃないよね」
「どうやら、ハチの大群ですね」

さすがに、このダンスは、人々の注目を集めました。
そして、一人のおじさんが大きな声を上げました。

「あの下の白いやつ、ぼうしじゃないか?」

それを聞くと、ハチたちは安心して、姿を隠しました。

こうしてぼうしが見つかったひろくんは、おかあさんとバス停にいました。

「ぼうしがあって、よかったね。ハチに刺される前に帰ろう」
そう言ってひろくんに目をやったおかあさんは、思わず息をのみました。

ひろくんのぼうしには、一匹の大きな大きなハチが、とまっていたのです。

「ひろくん?ぼうしに虫がついてるから、じっとしててね。…ううん、ハチじゃないよ。えーと、ちっちゃい虫」
今度ばかりは、正直に言わないように気をつけました。

それにしても、おかあさんはドキドキが止まりません。

どうしよう?
こんな大きなハチ、見たことない…
追いはらうべき?
刺激を与えたら、ぼうし越しにさすかしら?

ぐるぐると考えているうちに、突然、ひろくんが立ち上がりました。

「やったー!バスだ!」
早く帰りたいひろくんは、大喜びで走り出しました。

「ああっ!そんなに急に動いたら…」
おかあさんは心臓が止まりそうになりましたが、ハチはおとなしく飛んで行きました。

「ぼくが、ぼうしを見つけたんだよ。ひまわり、あんまり見れなかったかな。またゆっくり来てね」

6歳当時のひろくん作。
ビーズについてきた図案をアレンジして。



それから時は流れ、ひまわり畑の脇に、騒がしい客がやってきました。

ブルブルブル!
ブルブルブル!
一台の軽トラックです。

ぶーん、ぶんぶん!
ぶーん、ぶんぶん!

ハチたちは、大興奮。
トラックの近くまで飛んで来て、ガラスにぶつかるものまでいました。

しかしエンジンを切ると、みんな、しばらく飛び回ってから、ひまわりの方へと戻って行きました。


「ひゃー、すごい歓迎だったな」

軽トラックから降りてきたのは、一人の若者。
作業着にハチがついていないか、必死に調べています。

やがて、やっと安心して顔を上げると、大きく目を見張りました。

「これは…」


どこまでも広がる、青い空。
ぎっしりと並ぶ、ひまわり。
乾いた風に、ハチたちのざわめき。

「そうだ、おかあさんに、写真を送ろう」

そうつぶやいたとき、若者は気づきませんでした。 

ヘルメットに、大きな大きなハチがとまっていたことを。


ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

ぼくらが 何匹いると思う?
一万匹?
十万匹?

おかえりなさい ぼうしの子
ひまわり ゆっくり 見てってね

その後、おかあさんからLINEが来ました。

「きれいな写真、ありがとう。これは、どこなの?」
「○○市のひまわり畑だよ」
「えっ、たしか閉園したって聞いたけど?」
「まさか!ひまわり、めっちゃあるよ」
「そうだよね、私の勘違いかな。まだあるなら、良かった!」

おかあさんは懐かしくなって、HPを検索しました。

そこには
「ひまわり畑は、令和五年、コロナ禍の影響で閉園しました」
と書いてありました。

「閉園は、してたんだ。コロナが五類になったから、また始めたのかな?」


おかあさんは、改めてLINEの写真をよく見ました。

「やっぱり、きれい!これを見せてあげたかったんだよね」
役目をやっと果たせた気がして、笑みがこぼれました。

ぶーん、ぶんぶん
ぶーん、ぶんぶん

ハチの羽音が、脳裏によみがえります。

ぼくらが 何匹いたと思う?
一万匹?
十万匹?

ひまわり畑の さいごの魔法
ふたりに届いて うれしいな


おわり🐝


※このお話は、実話を元に、フィクションを加えています。

ひろくんが、その秋に作った作品。
「ひまわりは、ちゃんと見れなかったから、よくわからない!」




この記事が参加している募集