バイエルが旧モンサントの分離を検討、ラウンドアップ訴訟が重荷に
ドイツの医薬・農薬大手バイエルのビル・アンダーソン最高経営責任者(CEO)は2023年11月8日、2018年に買収した米モンサントを含むクロップサイエンス(農業)部門の分離を検討していると表明しました。旧モンサントは、主力商品の除草剤ラウンドアップが原因でがんになったとして、米国で16万件以上の訴訟を起こされ、バイエルの業績の足を大きく引っ張っています。株式市場などで「買収は失敗だった」との見方が広がる中、モンサントをついに切り捨てざるを得ないとの判断に傾きつつあるようです。
バイエルは現在、農薬や遺伝子組み換え(GM)作物を中心とした「クロップサイエンス」のほか、「医療用医薬品」と「コンシューマーヘルス(大衆薬)」の計3部門を世界展開しています。アンダーソン氏はこの日の決算発表会で、「今年の業績に満足していないのは言うまでもない」と述べた上で、「現状維持という選択肢はない」として、抜本的な改革に取り組む考えを強調しました。具体策として、「3部門を維持するのではなく、コンシューマーヘルスかクロップサイエンスのどちらかを分離することになるだろう」と語りました。
この発言からはコンシューマーヘルス部門を分離する可能性も残るものの、「モンサントの買収は約束した成果を挙げていない」(英紙フィナンシャル・タイムズ)と厳しい見方が多いだけに、クロップサイエンス部門の可能性の方が高いのは言うまでもありません。同業他社や投資ファンドに売却するのなら、どこが名乗りを上げるのかが焦点となります。
バイエルは2016年9月にモンサントを買収すると発表し、米欧など世界各地で独占禁止当局の審査をクリアした上で、2018年6月に買収手続きを完了しました。買収額は630億ドル(約9.5兆円)に上ります。農業部門を大幅に拡大するとともに、財務基盤を強化して農薬やGM作物などの研究開発を一段と促進するのが狙いでした。バイエルのベルナー・バウマンCEOは2016年9月の買収発表の記者会見で、「バイエルとモンサントが合併することで、農業業界のグローバルリーダーが誕生する」と高らかに宣言しました。
しかし、米国の農家らがモンサントを訴えた「ラウンドアップ訴訟」が予想をはるかに上回る規模に膨らんだことが、新生バイエルの業績に影を落とすことになりました。バイエルが買収を決めた時点で、既に訴訟を起こす動きは始まっていましたが、まさか16万件以上に達するとは予想していなかったと思われます。訴訟リスクを過小評価していたのが、その後の業績不振や株価低迷につながったのは間違いありません。
この訴訟は、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が2015年3月、「ラウンドアップ」の商品名で知られるモンサントの除草剤グリホサートについて、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」との評価を示したのがきっかけです。これを受け、米国の農家らが「ラウンドアップを使ったせいでがんになった」と次々と訴訟を起こし、勝訴するケースが相次ぎました。
最初は全面的に争っていたバイエルも方針転換を迫られ、2020年6月に総額101億~108億ドル(1.5兆~1.6兆円)という莫大な費用を支払って和解を進めると発表しました。この時点で訴訟件数は12.5万件でしたが、さらに増加して、2023年10月10日時点で16.5万件となりました。このうち11.3万件は和解などで決着しているということです。
訴訟費用の増加が業績を圧迫し続けていることで、バイエルの株価は低迷しています。モンサント買収を発表する前の2015年4月にピークとなる146ユーロに上昇した後、じりじりと値下がりし、最近は40ユーロ前後で推移しています。株式市場は、モンサント買収によってラウンドアップ訴訟という負の遺産も引き継いだバイエルについて、非常に厳しい評価を下しています。「農業業界のグローバルリーダー」として飛び立つはずだったのに、墜落してしまいました。
モンサントの買収を手掛けたバウマン氏は2023年5月末でCEOを退任し、翌6月1日にアンダーソン氏が新CEOに就任しました。ロイター通信によると、業績不振に対する株主の不満が強まっていたといい、バウマン氏は事実上の引責辞任を迫られたようです。アンダーソン氏は1966年生まれの米国人で、スイス製薬大手ロシュの幹部などを務めてきました。
バイエルが2023年11月8日に発表した2023年1~9月期決算によると、売上高は前年同期比7.7%減の357億7500万ユーロに落ち込み、純損益は42億7800万ユーロの赤字(前年同期は35億3900万ドルの黒字)に転落しました。同社が重視するEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)も22.0%減の79億8600万ユーロと振るいませんでした。
部門別では、クロップサイエンスの売上高が10.0%減の176億4000万ユーロ、EBITDAが35.7%減の38億8000万ユーロと、バイエル全体の足を引っ張っていることが分かります。ラウンドアップなど除草剤の売上高が32.0%減の45億3800万ユーロと、大きく落ち込みました。
一方、医療用医薬品の売上高は6.2%減の135億0200万ユーロ、EBITDAは15.8%減の37億8800万ユーロとなりました。コンシューマーヘルスの売上高は2.3%減の44億4900万ユーロ、EBITDAは2.2%減の10億0600万ユーロでした。ともに減収減益で苦戦しているものの、クロップサイエンスほどひどくはありません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?