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10/16~22

さて、件の更新の滞りであるが、敢えて因を挙げるとするならば、「炬燵」の二文字に帰結する。それは一家具であり空間であり、固有の時間でもある。生まれて此の方、両親の辛労もあって、生活への"それ"の介入を何とか回避しておった。が、遂にそのときが来てしもうたのである。睡眠時間の伸長とその質の悪化は相殺として、食われている感はどうも払拭できん。そうして今もまたこうして、我ながら熟れた手つきで温度の調節をするのだ一一

本は幾つか読んだ。宮本輝の『私たちが好きだったこと』は職場の、別部署の方から頂いた文庫本。バスの行き帰りでちょこまかと読み進めていて、了するまでにそれはそれは多くの時間を要した。最後まで煮え切らなかった、というのもある。

「人生、酸いも甘いも一身に背負い込め」か。命に傾向性ってのがあるのかは分からんが、生き方ってのはつくづく当人の匙加減次第で随分と変わってくるもので。それこそ自らの味が如何にへっぽこだろうが、残さずにお食べなさいよ???

世のすべての中でもっとも怖しいものは己れ自身である。あらゆる真実も愚劣も、己れにおいて結局は決定されるのだ。

『自分の中に毒を持て』
岡本太郎

もう一、二段階強度を高めて、人生或いは自らへの対峙を促すのが岡本太郎の『自分の中に毒を持て』である。先の例えに準えるならば、彼の生き方には匙加減もへったくれも無いだろう。全てぶちまける、といったところか。真赤なスパイス一一

そんな胆力なぞ微塵も持ち合わせぬ私は、他人事のように頷きつつ。脳内に流れ出した文章はぶつかり合い、小さな渦と溶けゆく。言い訳がましいことしか出てきそうに無いから、所詮は他人事だと決め込むのである。弱々しいったらありゃしない。

誰かといる時の分人が好き、という考え方は、必ず一度、他者を経由している。自分を愛するためには、他者の存在が不可欠だという、その逆説こそが、分人主義の自己肯定の最も重要な点である。

『私とは何か』
平野啓一郎

困ったら別のアプローチを。とある拉麺屋の店主からこんな話を聞いた。「拉麺の極意は足し算、迷ったら足す、駄目でも足す」と。そうくると人生はもっと簡単だ。足して駄目なら取り除けるのだから一一 っちゅうことで此方もジャンジャン入れていく。

分人主義を易しく論じる本書は、まるで仲のいい人間と語らうように愉しく読んだ。殊に終盤に差し掛かったあたりの〈文人主義的恋愛観〉には、ちょうど一年前の会話を思い出した。

(前略)鴨の河原にて。和辻哲郎『風土』の文脈で恋愛を捉え直す。この仕事は後に人類史に残る偉業となろう。燦然と耀かんとする金字塔の土台を、まさに創り上げた夜であったのだ。(中略)憎き終電に梅田まで運ばれる。ホームで借り物のイヤホンを線路に落とす。二時間近くかけて帰宅。大変疲れた。

22/11/4 日記

あの夜、我々がキャッキャ言って喜んでいたものは金字塔の土台でも偉業のそれでもなかったが、それでも語り合った内容と意を同にするものが記されてた部分を読むのはどこか嬉しくもありむず痒い。よし、彼には今度会ったときにでも読ませてやろう。

本のお次は映画。昨日、出町座でウルリケ・オッティンガー監督『アル中女の肖像』を観てきた。泥酔とは自分への回帰であると気付く。ある点を跨ぐと、そこには分かたれた者などいない。なんでも、飲酒はひとりで完結できてじうから。個としての社会への挑戦、その先に待つは死。

(前略)これも一つの奇蹟だけれども、常に現実と直接不離の場所にある奇蹟で、芸術の奇蹟ではなく、現実の奇蹟であり、肉体の奇蹟である。酒も亦、僕にはひとつの奇蹟である。

『青春論』
坂口安吾
Bildnis einer Trinkerin (1979)

それにしても絵面が素晴らしいの何の。先鋭的なドレスを身に纏い、グラスを割り高らかに笑う。酔っ払いの明晰な一瞬、の如く挟まれるいやに芸術性の高い(であろう)カットも印象的。死ぬまでに一度はやってみたい、飲酒旅行。

自宅では例のごとく寅さんを数作品、それから四度目くらいのタランティーノ『ジャンゴ』を観たりした。初めては90年代のアメリカ映画『イン・ザ・スープ』くらい。これが大変好い作品であった。

In the Soup (1992)

現実世界に罷り通る「正常」の固い結び目をスルりと解くように、因果の解体と世界の創造を軽快にやってのける。不思議なことに粗筋なぞ微塵も覚えておらん。ラストでは自身の横たわるソファごとひっくり返されたような、鈍い衝撃を伴う感動に襲われたことを覚えている。

映画の話もやめにして、今日は自宅近くの清凉寺にて執り行われておった〈嵯峨大念仏狂言〉を見物しに出掛けた。一時間前にイン、席の確保を済ませてから境内のお茶屋へ。炙り団子に番茶を。

さて、演目の『百萬』であるが、その舞台こそ正に清凉寺であり「嵯峨大念佛会の創始者として嵯峨大念佛縁起に伝えられる円覚上人の母が百萬の原型」ともされているそうな。

その生身の身体で魅せる表現と、荘厳なる沈黙が昨夜の『アル中一』と重なる。そうか、アル中女は言わば物狂であり、何かを探すあまり、或いは何かから逃れたいがためにそうなったのではなかったか。なんとも奇妙な巡り合わせである。

そういえば火曜日、久し振りの丹波篠山は河原町通の能楽資料館へ足を運んだところであった。能とは少々異なるが、面なり何なり、早いとこ繋がって好かった。

良かった、好かったのオンパレードであるが、幸い壊れてはおらん。では。

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