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ここ数日の読んだ、観た
今週は体調の不良と、それに伴う自宅療養云々で水曜日辺りまでは寝たきり、或いは寝室軟禁の生活であった。家の中でぢっとしている、なんてことを生来知らぬ性分であるから、これは随分と堪えた。寧ろ精神の不健康が体調のそれを優に上回っていたであろう。そんなときは本も映画も手に付かず、ましてや文章を書くなぞ、といった有様。
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その甲斐もあって容態は落ち着き、木曜には軽く散歩に、金曜からは職場復帰ときた。これならもう此方のものである。今日は夕刻までゆっくりと岡崎で過ごすつもりだ。
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前置きとしての近況はこれくらいにしておいて、そう、備忘録ということにして、最近の読んだ/観た云々を記しておく。殊に前者については摘み食いが甚だしいゆえ、自身の記憶に頼るのは宜しいと言えない。
読者諸君!これで、私の物語りは終わりであるが、どう考えても、これ以上にバカバカしい一年はありますまいよ。
新潮社 日本文学全集20
獅子文六の『てんやわんや』は面白かった。戦後の宇和島を舞台とする娯楽小説ではあるが、時代の空気感や人々や文化に根付く地域性の描写はリアルな繊細さ。何より登場人物らが活き活きしているのが好い。
習慣は、人生の王者であって、他のいかなる権力にも勝るのである。
ユーモアを含んだ言い回しに笑みが零れることも多々。実体験を元にしているだけあって、時折垣間見える尖い視線にも唸る。なるほど健康的な作品であった。
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地方の生活、という点で少々接するところがあるのが『百万円と苦虫』というロードムービーである。生活拠点を点々とするというところで、真っ先に連想するのは寅さんであるわけだが、そのフォーカスの当て方は異なったものとなっている。
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場所を移すことで自己を見つめる、というテーマは個人的に興味深いものであったが、それでも軸は"人間関係"から殆ど逸れることなく、という構成は消化不良であったり。まあ、置いといて。
泉鏡花は『義血侠血』を。比較的に読み易い部類ではなかろうか。永遠としての死が、誘惑のごとく妖しく光るのは、どこか美しささえある。
「あれ、そんな可恐い顔をしなくツたツて可いぢやありませんか。何も内君にしてくれといふんぢやなし。唯他人らしくなく、生涯親類のやうにして暮らしたいといふんでさね。」
馭者は遅疑せず、渠の語るを追ひて潔く答へぬ。
「可しい。決してもう他人ではない。」
結ばれた因果の糸は、余りに短く。その紅く染まった、先細りして消え入りそうな糸の先に、この摩訶不思議な世界というものがある。その世界に人は魅せられる。
涼しき眼と凛々しき眼とは、無量の意を含みて相合へり。渠らは無言の数秒の間に、不能語、不可説なる至微至妙の霊語を交へたりき。渠らが十年語りて尽すべからざる心底の磅礴は、実にこの瞬息において神会黙契されけるなり。
金沢は浅野川の畔には瀧の白糸の像があるそうで、これは是非とも見に行きたい。
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摩訶不思議な世界。思い浮かぶものを枚挙すると遑がないが、我々に最も近いものとして挙げられるのが"夢"であろう。この世界を描いたのがターセム・シン監督作『The Cell』である。
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その世界のヴィジュアルは言うまでもなく素晴らしい作り込み。正直、思う所の多々あるストーリー、これを度外視しても充分にお釣がくる。
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意識に照らされぬ暗部、その混沌はバタイユの言う非理性の世界であって、シュルレアリスムの世界でもある。そう、この作品はある種の芸術作品とも言えるであろう。
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無論、昨夜の夢を話題に挙げるのは"ナシ"であって、読んだモノの話をする方が大いに賢明である。特に一冊を読み切ったなぞではなく、細かい抜粋、所感の羅列になるのだが。この期に及んで咎める者もいまい。先ずは白子正子『かくれ里』より。
関西を中心とした紀行文であるから、記された場所を訪れることも難くはない。いつかは、とは思うものの、今は気が向くのを待つのが一番。それよりは読んで学ぶことの方が宜しいとさえ思う。
雰囲気や環境に左右されるのは、私の鑑識眼の至らぬ故もあろうが、絶対に左右されぬほど、人間は強いものではない。
実際、私が好むのは、謂う所の"観光客"が疎らな場所であって、それ以上或いは以下については、意味合いこそ違えど足取りが重くなる。人によって居心地の良い悪いは有って然るべきだから、時間の流れに従って、経験の濃淡によって、その移ろいを楽しめれば好いと思う。
お能には橋掛り、歌舞伎にも花道があるように、とかく人生は結果より、そこへ行きつくまでの道中の方に魅力があるようだ。
氏も云うように、綺麗な紀行文に触れること、これもまた道中である。歩んでいれば宜しいこと。
続いては宗左近『伏流水日本美』を。こちらは主に美術品、読んだ部分は太古の品が多く取り上げられてはいたが、何だか上と同じく紀行文の香りがする。〈備前〉の章で引用されていた三行詩を。
事物はわたしたちのそばで生きている、
わたしたちはかれらを知らず、かれらはわたしたちを知らない。
だが、時に、わたしたちとかれらは語りあう。
本書において交わされる、氏と物、自然との穏やかな会話に身を委ねる。未だ知らぬ美との出会い、その種蒔でもあろう。
お次は岩波『斎藤茂吉随筆集』より、冒頭の〈念珠集〉他一篇を。牧歌的でいて、哀愁も漂う幼少時代の亡き父との思い出が、味わい深い玉となって連ねられる。父の万能と平凡化、というのが文中で記されているが、通しで読むととてもそのようには思えない、素朴な温かさが印象的であった。
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昨晩はレイトショウで『ヴァチカンのエクソシスト』を観てきた。職場で評判がよかったから期待してしまってはいたが、それを以てしても心より楽しむことができた。
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家人も同時刻に同劇場にて『君たちは一』を観ていたのだが、これは分かりにくいという評判が立っているらしい。『ヴァチカン一』は正反対、実に明快である。
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ラッセル・クロウが悪魔を祓う。詰まるところそれだけではあるが、実際の宗教史を下敷きとした大胆なストーリー、或いは推理要素にはしっかりと筋が通っており、現実-フィクションの境界上で不敵に躍る。
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手に汗握る対決シーンや地下室のセットも含め、これは傑作と言えるのではないだろうか。続編を、というのは望まないのが吉か。
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さて、今日は湯川豊『イワナの夏』を手にしている。表題作を読み切ったところであるが、実に好みの文章だ。釣りがしたくなる。いざ行こうと言われると尻込みするのが目に見えているが。読んで楽しめるのだからそれでいい。
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締まりはないけれどこんなところで、それでは。