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月と六文銭・第十四章(50)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。
  都は組織の連絡員にウェインスタインとの接触を継続するよう指示され、戸惑いながら準備を進めていた。

~ファラデーの揺り籠~(50)

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 ランチを終えた都は挨拶回りを終え、六本木のホテルに早々と戻ってきた。部屋の片づけを済ませ、荷造りを進め、ウェインスタインの部屋に持っていく道具類をハンドバッグに詰めていった。
 しかし、正直なところ、何を持って行ったらいいのか、分からない。自分の想像の範囲を超えていることだけは分かっていた。当然の準備として、スタンガン、ナイフ類、麻酔薬、避妊具を入れた。これらは何の役に立つのか?と自分でも思った。取り敢えず避妊具は性病予防などの効果があるのは確かだが、命は守ってくれないだろう。
 連絡員が言ったようなチタンのヘルメットなんて『XーMEN』のマグニートみたいになってしまうので、隠れた対策には全くならないことは明らかだった。ただ、彼もふざけて言ったわけではなく、軍の特殊部隊に電磁波を中和する素材を内部に張り付けたヘルメットが支給され、実証実験中だった。
 徒手空拳で行くわけにはいかないが、じゃあ、何を準備すればいいのか、やはり思い付かない。ここは自分の今回のカバーの設定通り、アバンチュールを求めている人妻に合わせ、ハンドバッグの中に化粧ポーチ、下着の換えと見えるところに避妊具を入れたエチケットパースを入れて、持っていくことにした。
 武器類はバッグの一番下に入れてハンカチで見えないようにして、その上に替えの下着を乗せ、エチケットパースをその上に置き、最後に化粧品をわざと外から見えるように入れた。ハンドバッグは半分口を開いた状態で持つようにした。
 着けていく下着は夜用ではなく、昼間ということもあり、仕事用をメインに、しかし、あまり地味にならないよう、色は落ち着いた組み合わせにした上で、形はちょっとセクシーな紐とレース多めのデザインの物をパンストの下に履いた。しかも、白系のストッキングにして、前からも、後ろからもセクシーなショーツが分かるようにした。
 当然、ブラはお揃いのデザインのもので、一応貞淑な人妻の設定なので、スリップをブラジャーの上につけ、ブラウスは少しだけ厚めのものを選び、ブラもスリップも透けないようにして、その上にジャケットを着て行くことにした。スカートはタック・フレアで柔らかいイメージを出しながら地味にならないようパンプスはシャネルのバイカラーを選んだ。
 これならウェインスタインも喜ぶだろう。

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 都は準備が整った時点でウェインスタインに連絡を入れ、ロビーでの待ち合わせを選んだ。賭けではあるが、ロビーで多くの人に見られたら、さすがに殺されはしないだろう。多少人々の噂になるのは仕方がないとして、恥ずかしいことではあるが、死ぬよりはましだ。
 気をつけないといけないのは逆のケースで、私がウェインスタインを仕留めた場合、すぐに疑いの目が向けられることはもちろん、この建物から出られなくなって、そのまま逮捕される可能性すらあることだ。
 今日は素直にウェインスタインの要求に応え、韓国出張から戻ってきた際にまた誘われるよう、好印象を残すことにした。いや、"どうしてもミヤコにまた会いたい"と思わせないといけない。

 ラインの電話機能でウェインスタインに連絡を取り、一旦ラウンジで会うことを提案した。

「ネイサン、私、準備ができたよ。
 フロントに預けてある荷物を取って、お部屋に行く前にラウンジでちょっとお茶してもいいかな?」
「いいですね、僕もすぐに降りて行きます!」

 ん?いやいやいや、秘密の関係なのに、堂々とラウンジで一緒にお茶しちゃうの?大丈夫なの?それとも私に"外人に抱かれている人妻"ってイメージを周囲に植え付けたいわけ?どうなってるのよ?ま、少なくとも、二人が一緒のところを目撃した証人がたくさんできるのはいいことだが…。
 しかし、ラウンジから一緒にエレベーターに向かったら、背中に刺さる視線が痛すぎるよ。"不倫妻確定!"ってなっちゃうじゃないの!
 最上階のバーのあの男性陣の視線を思い出しちゃったわ。外人に抱かれる非国民的な扱いがちょっと悲しかったわ。まぁ、私たちの任務って重要で必要なものだと思うんだけど、一般の方には理解されないし、やっていることが法律の範囲内かと聞かれれば、黙るしかないし。

「じゃあ、右奥のピアノのある方で」
「分かった!」

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 実際のところ、デイヴィッドの死への対応で、チェックアウトが遅れた。取り敢えず、そのままフロントに荷物を預かってもらっていた。
 ラウンジの入り口でウェインスタインと合流した都は、仕切りの向こう側、入り口からも、通りがかりの人からも見えない位置のテーブルをフロア係にお願いした。
 このテーブルならラウンジ内の人たちには見えて、ある程度の人数の証人が得られるが、不特定多数の通行人からは見えないようにした。自分のことを気に入っていて、危害を加える可能性が低いだろうと漠然と思っていたが、セックスした後いきなり首を絞め始めた国会議員がいたこともあり、やはり用心に越したことはないなと思っていた。

「ネイサンはソウルの後、直接米国に帰るの?」
「ヴィンセントは直接戻るけど、また日本に来るよ。
 僕はクリニカル・トライヤル(病院での実証実験)のデータ集めと分析、ヘルス・ミニスチュリー(厚労省)への種類提出と進捗報告があるから、ソウルから東京に戻って来るよ」
「え、いつ?
 私も東京出張入れようかなぁ?」
「ソウルに10日ほどいるから、再来週の火曜日の夕方には東京に戻っていると思う」
「再来週?
 そんなすぐなの?
 うーむ」

 都は考え込むフリをして、顔を下に向けてしまった。

「週末は、さすがにお家にいないといけないから、木曜に来ようかな」
「昼間は難しいよ」
「木曜日は日比谷営業所に来ることにして、水曜の夜から東京に来ようかなぁ?」
「僕が羽田空港に迎えに行こうか?
 宿泊はこのホテルになりそうだから、同じホテルにしたら、どう?」
「そうしたいけど、実際には嘘の出張になるから、会社の経費じゃない場合、このホテルへの宿泊はきついな」

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