炎症四症候を定義したケルススの歯磨き粉:歯科医療の歴史(古代ローマ①)
紀元前、ギリシャ医学からエジプトのアレキサンドリア医学へと発展し、インド医学も含めた形で医学が集約された。医学のみならず、学問のメッカとして発展した。時代はローマ帝国支配の世となり、古代ローマ医学が形成される。紀元を跨いで活躍したとされるアウルス・コルネリウス・ケルススが残した医学書における歯科を紹介する。(小野堅太郎)
ケルススは、炎症の4症候(発赤、腫脹、熱感、痛み)を紹介したことで、現在でも医学に名を残している。しかし、たまたま「医学書」だけが世に残っただけであり、実際のケルススは百科事典の著者であり、農学、法学、軍事など多岐にわたる著述家であったとされている。
「医学書」は全8巻あり、そのうちの第6巻に歯痛に関する記述があるらしい。ヒヨスの根、芥子の実、マンダラゲの根などをワインで煮込んで越したもの(煎剤)でうがいする、というのがある。ヒヨスは、古代のエジプト・メソポタミア医学での歯痛除去に使われてきたものです。芥子の実は、七味唐辛子に含まれるスパイスとして有名ですね。芥子と言えば、アヘンがとれ、アヘンからモルヒネが抽出されて、強力な鎮痛剤として現在では医療現場で使われています。どうもスパイスに使われる芥子の実は品種が異なるため、アヘンの抽出には適さないそうです。マンダラゲとは、チョウセンアサガオのことで、ヒヨスと同じナス科の植物でムスカリン受容体拮抗薬アトロピンを含んでいます。花岡青洲による日本初の全身麻酔に使われたものです。ワインを使って煎じることで成分抽出を行ってます。鎮痛は一時的でしょうが、効果はあったのではないかと考えられます。
歯痛の悪化を避けるために、「飲酒を控え、柔らかいものを食べて噛むことによる刺激を避ける」とあります。飲酒により血流が上がると、歯痛の疼きが大きくなる可能性がありますし、固いものを食べないというのは、適切な患者へのアドバイスと言えます。加えて、患部もしくは相当する顎の部分を温めるということも推奨されています。適度な加温により疼痛の緩和はよく知られていますので(メカニズムは知りません)、これも妥当な処置かと思います。
歯痛がひどくなった場合には、「下剤をかける」とあります。下剤とは何を使っていたのかを調べましたが、よくわかりませんでした。まあ、作用としては、下剤でしょう。ケルススの時代は、あらゆる病気は4体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)のバランスが崩れたときに引き起こされると考えていました。ですので、下剤で身体の体液を出す、もしくは血液を吸い出すこと(瀉血)が重要であるとの考えでした。おそらくこれに基づいた謎の治療法でしょう。
この4体液説は、ヒポクラテスが起源となります。彼は、歯痛は悪液(粘液)が歯肉や歯根に貯留したためにおこるとしていました(過去記事参照)。ケルススはヒポクラテスを「もっとも記憶されるべき価値ある人」と讃えています。めちゃくちゃ崇拝しているわけです。
ケルススで重要なのは、口腔衛生についての記述を残していることです。過去記事のメソポタミア医学についての記事の最後で「インダス医学」における楊枝について書きました。おそらく、文明の混合でしょう。ケルススは「食後のうがいと楊枝の使用」を奨励しています。さらにはなんと!歯磨き粉の記述があるのです。「動物の骨や卵の殻を焼いた灰」を使用するとあります。焼いて菌は死滅し、カルシウムたっぷりの歯磨き粉です。最高の歯磨き粉ではありませんか!2000年前ですよ!
ケルススは個人的な情報が残っておらず、人物像がはっきりしません。ケルススの後に、炎症4症候に機能障害を1つ追加して5症候とする超有名な医師・医学者ガレノス。凄まじい個性を持っています。それでは、次回、お楽しみに。