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【Λ世界線記7】第五次プレシア内戦とHPO文書事件 by鍵浦政樹
国内のいくつかの独立系報道機関が報じている通り、日本連邦内の各道州においても「人類保存機関」(Humanity Preservation Organization, HPO)の影響力が拡大しているそうだ。
この国は一見すると平和な独立国家だが、2021年にテオドーロ・ブレーデンが「HPO文書」をリークして以降、連邦政府や各道州政府が「人類保存機関」(HPO)の影響下に置かれていることを示唆する内部文書が次々とリークされている。
僕は、日本独立報道連盟が非公式配信している地下ラジオを日常的に聴いているのだが、ラジオで語られる内容はおぞましいものだ。
「人類保存機関」(HPO)は未だ公表されていない組織ではあるが、2021年に東欧のプレシアで起こった「HPO文書事件」以降、組織の存在はもはや公然の秘密となっている。
では、少しだけ「HPO文書事件」について話そう。
昨今の世界情勢について語る上で触れないわけにはいかないので。
と言ってもこれからする話は、この2年間で語り尽くされている内容だから、おさらい程度に聞いてくれ。
2020年以来、プレシア共和国では内戦が続いている。
その内戦の最中の2021年、ローゼンス人による新国家樹立を目指すローゼンス民族解放機構が政府機関を襲撃・占拠した際に、大量の機密文書を発見した。
その書類の多くは焼却途中のものだったが、ローゼンス民族解放機構はなんとか判読可能なものを集めて、それをプレシア政府との交渉材料、言葉を選ばずに言えば「脅し」として利用しようとした。
そんな中、ローゼンス民族解放機構と行動を共にしていたジャーナリストのテオドーロ・ブレーデンは、機密文書の中から「人類保存機関」なる存在を裏付ける文書を何点か発見した。
これらの文書は後に「HPO文書」と呼ばれることになる。
HPO文書の内容はとてもショッキングなものだった。
HPO文書を公表した生配信においてブレーデン本人は次のように発言している。
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プレシア、いやそれどころか世界中の多くの国々、あらゆる国・地域の政財界やマスコミが「人類保存機関」という名の未知の組織の影響下にあることをはじめて知った。
世界中のありとあらゆる場所で起こる戦争や弾圧、虐殺、テロの多くにその組織が関わっていて、さらに、世界の情勢や趨勢がその組織によって左右されていることも知った。
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僕の私見だが、ブレーデンとローゼンス民族解放機構のメンバーはHPO文書を公表するかどうか迷ったと思う。
彼らの敵はあくまでプレシア政府。
彼らはあくまでプレシアから独立するために内戦を戦っている。
別に世界の真実を暴くために戦っているのではない。
HPO文書を公表すれば、プレシア政府だけでなく世界中の国家を敵に回すことになる。何より「人類保存機関」とも敵対することになる。
そうなってしまえば、本来の目的を達成することが不可能になるだろう。
僕が彼らの立場だったら絶対に躊躇してしまう。
しかし、ブレーデンにはHPO文書を公表しないという選択肢はなかったらしい。
彼はローゼンス民族解放機構から離脱して、個人として文書を公表することにした。
で、彼は自分のチャンネル(現在は閉鎖)で生配信を行い、その配信の中でHPO文書を公表した。
当時、プレシア国内は政府の電波停止政策によって電波の送受信ができない状況にあり、プレシアへの入国もプレシアからの出国も禁止されていた。おまけに、強力な情報統制も敷かれていた。
そのため、政府関係者以外の内戦当事者による情報発信が長らく途絶えていて、世界中の人々がプレシアからの情報を待望していた。
そのような状況下でブレーデンの生配信があった。
しかも、彼は以前から凄腕のジャーナリストとして知られていたので、世界中の人々はこの生配信にかなり大きな期待感を抱いた。
僕もその一人だった。
彼は文書を淡々と読み上げていった。
「人類保存機関」という組織によって世界は牛耳られている。
そんな内容だったので、視聴者や世間の反応は様々だった。
ブレーデンの言っていることを信じる人もいれば、彼を不謹慎な陰謀論者だと一蹴する者もいた。
ただ、彼の話の途中にぷつんとネットワークが切れて配信が突然終了したということもあって、彼の告発の内容が真実であるからこそ配信が中断されたのではないかという見方も根強く支持された。
配信終了以降の彼の消息は今も不明だ。
今や暗殺説とかも囁かれている。
テオドーロ・ブレーデンの「HPO文書」の公表以降、世界反隷属機構や有志による大規模な調査によって、世界中で「人類保存機関」の存在を示唆する証拠が見つかっている。
今年、2023年にもいくつかの証拠が見つかっている。
このような流れの中で、テオドーロ・ブレーデンの告発は真実だと広く認められるようになり、勇気ある告発に踏み切った彼は「英雄」と呼ばれるようになった。
消息不明の「英雄」の目撃情報は絶えず、彼を捜索するという内容の番組もあるほどだ。
また、消息不明の「英雄」は今や反権力の象徴ともなっていて、世界各地のデモ行進で彼の肖像画が掲げられている。
ちなみに、テオドーロ・ブレーデンによる生配信の翌日、僕の同僚であり後輩である真名方涼が隣国ローゼンシアの日本大使館で保護された。
負傷していた涼はそのまま現地の病院に担ぎ込まれ、1ヶ月ほど入院することになった。
ブレーデンの配信については病室ではじめて知ったらしい。
彼と知り合いだったとはいえ、プレシア脱出時の涼はスマホも持っていなかったし、持っていたとしてもネットワークへのアクセスが遮断されていた当時のプレシア国内ではスマホは何の役にも立たないので、いずれにしても彼の配信を観ることはできなかった。
涼はブレーデンについてこう言っていたな。
「彼はいつもジャーナリストとしての覚悟を持っていた。不都合な真実を暴く覚悟を持っていた。病室であの配信のことを知ったとき、彼らしいと思ったよ。とはいえ心配だ。生きていてほしい」。