教科を教えるのではなく、教科で教える
わたしは、ずっとずっと教科指導に興味が持てなくて、子どもの心の方に関心があった。
学校教育では、教科教育が中心であり、進路と言えば、よい学校へ進学するために教科の勉強をしなくてはならない。
教科の勉強は、自分自身「将来の進学のためにしなければならない」ことであったし、その勉強に本当の意味で喜びを感じたことがなかった。
教える側になっても、教科教育をなぜするのかを、子どもたちに伝えられない。自分がその価値を知らないからだ。
なんで勉強するのかを尋ねられたら、「大人になった時の選択肢を増やせるから」と答えている。それは私の実体験として感じたことだから。
色んな本を読んだり、聞いたりしたけど、明確な答えがでなかった。
けど、、アドラー先生が提唱してくれていました!
教科を教えるのではなく、教科で教える。何を教科で教えるのかと言うと、共同体感覚であると。
アドラーのいう共同体感覚とは、自己受容・他者信頼・他者貢献・所属感
自己受容とは、「私はありのままでいていいし、今の自分が好き」という感覚、
他者信頼とは、「周囲の人たちは信頼できる」という感覚、
他者貢献とは、「私はこの共同体の役に立っている」という感覚
所属感とは、「私はこの共同体の一員だ」という感覚
こういった感覚を身に着けていくための教科。
それぞれの教科の背景に、このような意識を持っていれば、教育者自身の学ぶ視点や伝え方やも変わると思う。
私も共同体感覚を感じながら、もう一度教科学習に向き合いたいと思った。