古猫の酒宴|酒の短編13
借りてきた猫が化け猫だった。
連れて帰ったその日のうちに、鼠の親子がいきなり夜逃げ。挨拶もせず、書置きだけを残して去るほどに、端っからただ猫でなかった。
数日後、妙な気配で目を覚ましたのは丑三つ刻。耳を澄ませば、ぺろりぺろりと妖しい音がする。
「野郎、さては行燈の油を……」と薄目で見れば、股の間に抱えた徳利、長い舌で酒を舐めていた。
もう随分と呑んだらしく、後ろに立っても気づかない。頭を突っ込まんばかりのところを、手にした玄翁でポカリと一発。
「痛えっ」
奴さん、しゃがれ声を上げ、そのまま仰向けに引っくり返る。
子猫なら愛らしいへそ天も、舌の伸びた化け猫では見るに堪えない。
明日も早いので、ふん縛って簀巻きにし、土間の隅にうっちゃっておいた。徳利を持ち上げると半分も残っていない。
朝になり、やがて聞こえる明け六つの鐘。雨が降っているのかくぐもっている。さあ、どうしてくれようかと土間を見やると、筵ばかりで姿がない。
「あん畜生、逃げやがったか」と跳ね起きれば、殊勝なことに足元で正座。こちらの様子を窺っていた。
「え〜旦那、お目覚めですかい?」
正体がバレて観念したか、最初っから人語で喋る。おかげですっかり出鼻をくじかれた。
聞けば、下戸に飼われて二十年。たまさか主人の膳に奈良漬けが上ると、にゃんとも疼くような、妙な心持ちになるのは気づいていたらしい。
それがこの家に貸し出され、夜ごと芳醇な香りに触れたのが運の尽き。どうにも辛抱たまらんちん。気づけばすっくと立ち上がり、抜き足、差し足、忍び足。茶碗に注いで一杯やれば、これがまたどうにもこうにもいい塩梅。果ては底に残った酒を舐めようと、舌まで伸びたってんだからしょうもない。
恨みつらみでなく、呑みたさに化けるなんて俗な言い草。猫とはいえなかなか見どころがある。酒呑みの情けか、どうにも懲らしめる気が失せてしまった。
「さて旦那、あたしゃこれから一体どうしたらいいんでしょう?」
「おう、化け猫とは言え、借りたもんを返さねえのは、気分が良くねえな」
「そうなんですよ。育ててもらった恩義もありますし、向こうのご主人のとこが嫌な訳でもなし」
「だけど、帰ったら」
「もう、酒にはありつけないでしょうねえ」
「化け猫だってばれた日には」
「倒れること請け合い」
「あいつは昔っから気が小せえから、そのままぽっくり逝っちまうかもな」
「はあ、困りました」
なんて話をしながら、残った酒を酌み交わす。雨が降っては大工は仕事にならない。棒手振りが売りにきた佃煮で呑むうちに、ふと書置きのことが気になった。
「チュウ公が置いてった書置き、お前読めるか?」
「こう見えても猫ですからね、鼠ともぐら、すずめの言葉には通じております」
「って書いてありますね」
「……近頃、向かいの家で鼠が増えたって言ってたな」
「それについては何とも言えません」
「まあ、元はと言えばうるさいチュウ公退治にお前を借りた訳だが、あいつらも子沢山でなかなか大変だ」
「でしょうねえ」
「そしてお前は化け猫になっちまったが、酒呑みとしては見上げたもんだ」
「ありがとうございます」
「酒を我慢するのは大変だろうが、俺が言うのもアレだ、体に良くない。しばらく主人の所でおとなしくして、鼠たちが騒がしくなったらまた来ればいい」
こうして月に一度は化け猫がうちに来るようになった。この頃は鼠の親子も慣れきて、親が口上を述べ子どもが歌い、一杯やってから向かいの家に行く始末。まったく妙な呑み仲間が出来てしまった。