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酒と肴の記録

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シリーズ「酒と肴」をまとめたものです。日々の暮らしの中で拵えたおつまみと合わせたお酒を紹介しています。信州食材と豆料理への愛が適度に詰まっています。
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#日本酒

お暑いのはお好き?(はりはり漬け)|酒と肴 その八十五

猛暑のニュースを耳にするたび、「モー・ショボー」という言葉が頭に浮かびます。 鳥の妖怪だと記憶していましたが、あらためて調べると、脳みそを吸うタイプのモンゴルの妖怪でした。 解説には 「美しい少女の姿で旅人を油断させ、近づいてくると鋭い嘴で頭蓋骨を割り、脳髄を啜る」 とあります。 命がけのシルクロード。ゴビ砂漠に咲く一輪の花が怪鳥だなんて、実に殺生な話です。 それにしても雪女とかもそうですが、純情を弄ぶロマンス詐欺は、伝承の昔から、世界各地で横行していたんですね。 いく

余白の大事(鰹と漬け物)|酒と肴 その八十二

という訳で、ここしばらくは①-⑧なばっかりに、週末はすぐ②-⑩になって、どうにも③-⑥な状態。そのせいか④-⑦した雰囲気で、noteに至っては⑤-⑨になるのでした。 よろしくないですね。何かひとつに負荷が掛かり、繋がるあちこちに皺寄せが出るのって。 仕事の忙しさを言い訳に呑みすぎて、結果として疲れが取れず家の空気も悪化。終いには文章にまで影響するのだから始末に負えません。 それでもようやく出口が見えてきたと言いますか、繁忙モードにも慣れてきました。年齢的に疲れは残りますが

大人の夜桜(かぶのスライス)|酒と肴 その七十九

苦手な食べ物が好物になり、怖かった夜がいつしか待ち遠しい。歳を重ねるうちには、そんな変化が訪れます。 大根のつもりで口にしたひと切れ。思わぬ歯応えに驚いたあの日、初めて「かぶ」を認識しました。 そう、あれは確か漬け物でした。 未体験だったその食感を 「頼りない」 と認識したばっかりに、長きにわたるすれ違いが始まったのです。 子供の頃の印象って怖いですね。そこから大根の下位互換と決めつけて、三度も干支が巡ったんですから。 番付に変化が訪れたのはクリーム煮がきっかけです。

気散じの処方箋(湯豆腐)|酒と肴 その七十五

週末、何を肴に呑もうかって考えると、幸せを感じます。 別段、高価な品や美食でなくていいんです。冷蔵庫の残りものやその時に食べたいものを思い浮かべ、どのお酒と合わせようなんて考えるのが楽しくて楽しくて。 連休の前の日や、旅行の計画を立てている時と似た感覚です。 ここ数年、年齢なのか世情によるものか分かりませんが、不定愁訴な症状が増えてまいりました。具体的には集中力が減ったり妙な不安に襲われたり。 以前は毎晩、家でも外でもまあまあの酔っ払いになっていたので、気付かなかっただけ

つながりを求めて(塩むすび)|酒と肴 その六十八

ほとんど友人がいません。 「ボールはともだち」なんて口に出来ない運動音痴、体の友にはご縁がありません。だけど飯の友、白ごはんに合うおかずなら、たくさん知っています。 主なところは塩鮭、丸干しイカ、煮菜にのっぺ、神楽南蛮味噌あたり。こちらのおかずでピンと来た方は、新潟県にゆかりのある方とお見受けします。 両親とも越後長岡、農家の生まれ。 ですから子供の頃からコシヒカリと共に成長してきました。おかげで飯の友に恵まれ、つまりは酒の肴に囲まれて、気づけば立派なアルコール中年に

裏切りの肉体(鮭のちらし寿司)|酒と肴 その六十五

ケガ防止のために伸ばした筋を違えました。 ほっぺたに出来た吹き出物、2ヶ月経っても赤みが取れません。 まつ毛に白髪、これで目に見えるすべての毛に、白いものが混じるようになりました。 自分の体に裏切られ、何も信じられない今日この頃。 同世代&先輩方は如何お過ごしでしょうか。 こんな時ほど、健康系、美容系の怪しい広告が目に付きます。クリックするには至りませんが、加齢による衰えは認めるほかありません。人間ならぬ、肉体不信に悩んでいたとき、ふと気付いたのです。 信じられるの

美禄と余禄(漬け物)|酒と肴 その六十一

漬け物を肴に夏の酒、〆は小振りな塩むすび。 世の中には美味しいものが溢れていますが、これ以上を望むのは贅沢ってもんです。 確かに、欲望にはキリがありませんし、どうしたって不満は尽きません。 けれど 「あれが足りない」 と眉間に皺を寄せるより、 「もう十分」 と目尻に皺の寄る方が、味わい深いのではないでしょうか。 急にこんな事を言い出したのは、ビールと揚げものでお腹を壊したからです。 「一期一会」を言い訳に、暴飲暴食したのが運の尽き。胃腸が仕事を投げだし困りました。そ

女房と宿六(鰹の刺身)|酒と肴 その五十八

自慢せずにはいられない、そんな食べ物があります。 江戸の頃なら初鰹。 味わいだけでなく、季節感や共感性も備わっていたからこそ、 「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」 の句が詠まれたのでしょうし、 「初鰹 銭と芥子で 二度涙」 などの川柳も生まれたのだと思います。 この「今の時季だけ」「なかなかありつけない」って感覚はいいもんですね。 見栄や贅沢したい気持ちも手伝って、ちょいと無理をしてでも食べたいと思うあたり、人間臭くて大好きです。 さて、世界中の料理が食べられる

春の戯れ、夢浮橋(ホタルイカ)|酒と肴 その五十五

くしゃみを重ねるうちに、春もそろそろ後半戦。花粉もイネ科に替わったようで、水辺の散歩がしんどくなってきました。どうにもカモガヤとは相性が悪いらしく、河原でビールはしばらくお預けです。 私事ですが、ここしばらくはイチゴにご執心。おかげで魚介との間に、微妙な距離が生まれました。 足繁く青果に通い、鮮魚はスルーの不義理な男。そのくせ、精肉と惣菜への挨拶は欠かさないのですから、袖にされた彼女らの気持ちは如何ばかりでしょう。近所のスーパー、野生の六条御息所(エスパータイプ)が紛れて

大人になれば(ふき味噌、他)|酒と肴 その五十二

「ひと雨ごとに暖かくなり、つま先の霜焼けがいつの間にか良くなっていました。ヒートテックのタイツをはかずに過ごせるということは、春がやってきたのでしょう」 そんな出だしで書き進めていた今回の文章、寒の戻りで空振りとなりました。とかくこの世はままなりません。 さて、例年この時期は年度の切り替わりで忙しく、慌ただしい日々を送っています。 心を亡くすと書いて「忙」しい 心が荒れると書いて「慌」ただしい 心のまま生きた結果「性」癖で逮捕 よく聞くニュースです。 「ストレスが溜ま

初夢が淫夢(数の子豆)|酒と肴 その四十六

関東の冬らしく、柔らかな日差しと乾いた空気。日がなゆるゆる呑んでいるうちに、年末年始は過ぎました。強い方ではないので、大晦日から三が日にかけて四合瓶を1本、缶ビールを7、8本、それとハイボールを少々といったところ。酔っ払いの勘定だもんで適当ですが、このぐらいが罪悪感を覚えず、夢と現を行き来するのに丁度いい量です。 どんな風な一年を過ごそうか、年賀状を眺めつつグラス片手に考えていると、眠気がやってきます。敷いたままの布団にもぐり込み、読みかけの本を横目に昼寝の元日。お正月の過

月光価千金(焼きリンゴ)|酒と肴 その四十四

ちょっと量を飲んだ夜、喉の渇きで目覚めるのは何故だかいつも丑三つ時。不思議なもので尿意は2回までスルーできますが、渇きはどうにも我慢が利きません。眠る家人を起こさぬよう、そっと布団から抜け出します。 しんとした真夜中の台所、冷蔵庫のドアから漏れる光に優しさを覚えます。人でも言葉でもなく、機械に心を温められる。それも冷やすことを目的とした装置にというのは、心の置き場が妙な具合いです。 さて肝心の渇いた喉ですが、光の中にポカリが浮かべば僥倖で、炭酸水が冷えていたら重畳、無けれ

十三夜の遊び(あんこ)|酒と肴 その四十二

カップ酒によく合う肴がありまして、赤貝の缶詰に、回転寿司の持ち帰りについてるガリをちらし、七味を振ったものです。 季節の変わり目はどうにも億劫で、料理はもちろん、お店に行くのも、出来合いを買うのも気乗りしません。何だか頭と体がうまく繋がらず、ビールを飲もうと冷蔵庫からカップ酒を取り出す始末。たぶん、心の軟骨がすり減っているのでしょう。 そんな時、ままごとみたいに作れるツマミがあると、気持ちにちょっと余裕が生まれます。それが冒頭の一品。ドアポケット、納豆の辛子なんかと一緒く

怪談か猥談か(深川飯と潮汁)|酒と肴 その三十六

真夜中、声がして目を覚ましたのです。 内容は聞き取れないのですが、クスクス笑う声と微かに動く気配、それと何か舐めるような音が聞こえていました。 寝苦しい夜は窓を開けていると、隣室の会話や、時には悩ましげな声が聞こえてきます。今回もそれだと思い窓に手を伸ばしましたが、部屋の中は涼しく、窓は閉まっていました。あまりに蒸し暑かったので、エアコンをつけて寝ていたのです。 窓が閉まっていたと気付いた途端、恐ろしさで体が強ばります。するとこちらの様子を見ていたかの様に、ぴたりと笑い声