春の戯れ、夢浮橋(ホタルイカ)|酒と肴 その五十五
くしゃみを重ねるうちに、春もそろそろ後半戦。花粉もイネ科に替わったようで、水辺の散歩がしんどくなってきました。どうにもカモガヤとは相性が悪いらしく、河原でビールはしばらくお預けです。
私事ですが、ここしばらくはイチゴにご執心。おかげで魚介との間に、微妙な距離が生まれました。
足繁く青果に通い、鮮魚はスルーの不義理な男。そのくせ、精肉と惣菜への挨拶は欠かさないのですから、袖にされた彼女らの気持ちは如何ばかりでしょう。近所のスーパー、野生の六条御息所(エスパータイプ)が紛れていれば、特殊技「いきりょう」を繰り出す状況です。幸か不幸か、光源氏ではない私、生まれも育ちも武州埼玉。利根川を産湯に使った東男ですから、祟られる心配は無いですね。
そうは言っても、マドンナを無下にしたら、タコ社長に叱られます。鮮魚コーナー、光源氏を気取って歩けば、微かに感じる儚い視線。近づくと、小さく、可愛らしいホタルイカと目が合いました。若紫を思わせる運命的な出会い、手折るがごとく、我が家にお連れします。
なお、ホタルイカはあのサイズで成体です。見守り育てても、若紫→紫の上に進化することはございません。光と薫の親子には、姫君はゲットするものでなく、愛づるものだとお伝えしたいです。
さて、一年ぶりの対面となった蛍の姫、わかめを添えて酢味噌で頂きました。ふきのとうと並び、季節を感じる食材です。
ポケモン混じりの源氏物語から、一転ホラーで恐縮ですが、下拵えで目玉と嘴、背骨を取り除きます。ちょいと手間ですけれど、口あたりが段違いです。
合わせたのは島根のお酒「天隠」の新酒。内臓の濃厚な味わいに、フレッシュな冷酒がよく合いました。花粉症にお酒は良くないのでしょうけれど、アレルギー反応も含めて春の味と言い訳しておきます。やんごとなき平安の方々、花粉症は大丈夫だったのでしょうか。
翌朝、少しばかり残った酔いを覚まそうと、痒みを覚悟で河川敷を歩きます。向こう岸のさらに向こう、霞んだ空に、薄く溶ける富士を見つけました。雪化粧の山頂だけが浮かぶ、夢の続きのような風景。もしもあちらに繋がる橋が掛かっていたら、渡ってしまいそうでゾッとします。日常の中、不意に現れる彼岸の景色。あまりに自然で、途端に酔いが覚めました。
夢浮橋は物語の中だけで。
メニューと材料
・ホタルイカ(ホタルイカ、わかめ、酢味噌)